第2話 澄んだ空気溢れる緑の世界

 ハルカは少年の横で膝を抱えたまま眠ってしまっていた。ハルカがふと目を覚ました時に、肩にローブが掛けられている事に気付いた、ゴードンが掛けたものだ。ゴードンはこの家の主である。

 ハルカは少年をじっと見つめた。

 少年はずっと動かない、死んだように眠っている。ゴードンは別室で薬草類の調合をしていて、外では野鳥が戯れている。

 そんな外の空気をハルカは感じていた、部屋には秋の植物の豊かな香りが迷い込み、心地よい空気で満たされていた。

 そして少年は静かに目をあけた、少年は何事もなかったように体を起こし立ち上がった。ハルカは少年を見上げる格好となった、ハルカは突然の出来事に困惑している。少年は辺りを見回しながら、五感で世界を感じるように、ゆっくりと周囲を観察している。

 少年はハルカと目が合った、ハルカは何だか安心感を覚えた。ハルカは栗色の軽い天然パーマでショートカットの髪をふわりとさせて覗き込んだ。

「あ……あの、大丈夫?」

 ハルカは思わず聞いた。

 少年は自分の両手を見つめ手を開いたり閉じたりした。

「うん、大丈夫」

 少年はハルカを見つめた、ハルカは妙に恥ずかしくなって焦ってしまった。異性に慣れていない様である。

「私はハルカ、あなたは?」

 ハルカは沈黙に耐えられず話をふった、少年はハルカを見つめ、間をおき答えた。

古夜見こよみ……伊吹いぶき……」

「コヨミ?」

 伊吹は戸惑うハルカを見てマルクとの会話を思い出した、ここはマルクの住む世界であり、名字は一般的ではないのだ。

「ああ、ゴメンゴメン伊吹と呼んでくれ」

「イブキって言うんだ、ちょっと変わった名前だけど良い響きね」

 イブキは視線をハルカから窓の外へ移して話し出した。

「マルクが俺に体をくれると言ったんだ、自由にやってくれと言ってた」

「はい?」

 不思議そうな顔で首をかしげるハルカを見て、イブキは我に返った。

「すまない、可笑しな事を言ってるよな」

「そうだね、ちょっと唐突だからビックリしちゃった」

 イブキはその場にどっかりと胡坐をかいて暫く考え込んだ。

「とりあえず、俺は何故ここに居るのか知りたい、まあ色々あって今は記憶がないような感じだと思って欲しい」

「なんか凄くテキトーな感じに聞こえるんですけど……」

 ハルカは少し困惑してきた、しかし何とか会話を成立させようと頑張っている。

「ごめんなさい、イブキをここに連れてきたのはゴードン先生なの。だからあなたの知りたい事には答えられないわ」

「そうか……なら今度聞いてみようかな」

 イブキは少しうつむき、もう一度窓の外を見た。

 外は木々が生い茂り、見渡す限りの大地は土に覆われ、草が生え苔がむし虫が蠢いていた。

 イブキは深呼吸をした、体内に少し冷たい空気が流れ込んできた。そしてイブキはその空気から草花や土や水や木や葉の匂いを感じた。

「良い所だね、透き通っているよ……全てが」

 イブキは本能で喜んでいた、空気が心地良いのだ。ただひたすら透き通り、そして濃く果てし無く深い。部屋の中も木材の匂いがしている、自然な木の匂いだ。

 すると突然ハルカが少し慌ただしい様子で話しかけてきた。

「ちょっと待って、ゴードン先生が帰って来たみたい。呼んでくるね」

 ハルカはゴードンを呼びに部屋を出た、暫くするとスキンヘッドの男が部屋に入ってきた。

「ようやくお目覚めかい?」

 二人はお互いに自己紹介をした。

 イブキは色々と頭の中を整理して話しかけた。

「ちょっと外で話をしていいですか? 俺も色々と聞きたい事があります」

 三人は建物の外へ出た。イブキは深い感動を覚えた、イブキのこれまで体験してきた世界は、そこかしこが近代化され常に人の造りだした何かが動き続け、人が文明の狂気に支配された巨大な箱庭の中で一生を終える。

 そんな世界だ。

 しかし今ここにあるイブキの体感する世界は、イブキのいた世界では失われた景色に満ちている。

「どうしたの?」

 茫然とするイブキに対してハルカは不思議そうな表情で問いかけた。

「ああ……悪い、ちょっと圧倒されてたんだ」

 イブキはゴードンとハルカの方に向き直り、話を続けた。

「話すべき事が色々とあるんだが正直な所、これは信じてもらえるか分からないけど聞いてくれるかな?」

「もちろんだ、私も状況を把握しておきたいからな」

 ゴードンは迷わず答えた。

 ハルカはゴードンなら何かを知っているのではないかと考えていた。だが実際の所ゴードンは今ここで何が起こっているのか全く理解していない。だからこそゴードンはイブキの話を聞く必要を感じているのだ。

 イブキはこれまでに自分が体験してきたことを二人に説明した。自分は元々は違う世界で生きていた事、図書館での火災や精神世界おそらくは死後の世界で出会ったマルクの事などを話した。

「俺は今メチャクチャな事を言ってるが決してウソじゃないんだ、俺は俺自身が今ここにいる事自体を信じられないんだ」

 イブキはゴードン達に視線を合わせて言った、ゴードンは表情を変える事なく言葉を返した。

「私は君の言葉を先入観で否定するつもりはないよ、実の所マルクの事は何も知らないと言うのもあるがね」

「そうなんですか? まいったな、それじゃ俺は何処に帰れば良いのか分からないな」

「その辺はあまり気にする必要はないよ、君は山で行き倒れている所を私が助けたんだ。私としても衣食住の面倒を見るつもりだ」

「良いんですか? よかった、助かります」

 イブキはホッとした表情となり、礼の意味もこめて頭を下げた。

「取り敢えず今はその辺を見物すると良い、理屈よりも体で感じる方が手っ取り速いだろう」

 そしてゴードンは家に戻っていった、イブキは辺りを見回しながら歩いた。

 ハルカはそれを遠目に見ていた。

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