第71話 茜の姉。始まる地獄

「うん、ありがとう」


 茜は照れながらそう言う。

 まぁ、何があったとしても恋が成就したんだ。それは祝うべき事だろう。細かいことは気にしない。細かくなくても気にしない。


「いや〜! それにしても茜もとうとう彼女持ちかぁ〜! んで? キスとかしたのか? んん?」

「ちょ、翔平! その聞き方なんかおっさんっぽいよ!? それにキ、キスなんてまだだよ! 今日付き合ったばかりなんだから! 美桜ちゃんちが今日は夜まで家に誰もいないって言うから、ちゃんと家まで送ってきただけだよ!」

「お前マジか……」


 なんだそのギャルゲーシチュエーションフラグ。ちょっとしたトラブルの後の告白で家に誰もいないなんて、完全にそのまま最後までイけるフィニッシュパターンじゃねぇか。何破壊してんだよ。フラグクラッシャーかよ。

 呆れるわ。


「な、なんで帰り際の美桜ちゃんと同じ顔してるの!?」

「いや……うん。茜らしいなぁと」

「それも美桜ちゃんに言われたんだけど!?」


 だと思った。美桜、お前の心中は察するわ……。頑張ったんだろうけど、茜には通じなかったんだな……。


「うん、まぁいいや。とりあえず色々頑張れ! 頑張るのは美桜になりそうだけどなっ!」

「どういうこと!?」


 と、そこで道場の扉が勢い良く開かれた。


「うふっうふふふふ! 話は聞かせてもらったわよ!」

「姉さん!? それと美桜ちゃんのお姉さん!? なんで!? 」


 そこにいたのは茜の姉さんの香澄さんと、もう一人。なんかちっこい女の人。え? 美桜の姉ちゃん? この、ちっこいのが?


「ふふっ。ロリコンに狙われる親友に護身術を教えてやろうと思ってね? それで道場に来たら面白い話を聞けたって訳なの。ねえ、ヘタレ愚弟。男ならそこでガッ! と行かないとダメでしょう?」

「ちょ、ちょっと姉さん!? 美桜ちゃんのお姉さんの前でそんな事いわないでよ!」

「茜くん、気にしなくてもいいの。例え妹に先を越されたとしてもいいの。ぜんっぜん気にしないからっ! うぐぅ……」

「だそうだ」

「何が!?」


 ちっこい姉ちゃん涙目になってるじゃねえか。


「というわけで、はい」


 香澄さんは扉の影から大きめな鞄を掴むと、それを茜に向かってヒョイッと投げつける。

 それは茜の手前に落ちる。ドスッ! と重々しい音を立てて。

 いやいやいや……嘘だろ? あんなに軽そうに投げてたじゃん……。


「これは?」

「それには茜の制服とか教科書とか色々入っているわ。そう、色々と。明日は学校だからそれを持って今すぐ彼女の家に行って来なさい。お姉さんは今日私の部屋に泊まるし、何でも両親は明日の夜まで帰ってこないそうじゃない? …………決めてきなさい」

「決めるって何をだよっ!」

「ん〜ホントに分からないのかしら? まぁ、茜がわからなくても彼女はわかってるでしょう。行きなさい」

「行きなさいって……」

「茜? お姉ちゃんね? 明日からまた地獄の夜勤なの。だから今日は昼まで寝てたの。つまりすっごく元気なの。この意味…………わかる?」

「ひいっ!」


 あ、これ、茜に拒否権無いやつだ。


「美桜ちゃんにはお姉さんを通じてもう連絡してあるから大丈夫よ? 行ってらっしゃい♪」

「い、い、行ってきますっ!」


 茜は目の前の鞄を掴むと、道場を飛び出して行った。まぁ、茜のことだし、行ったとしても結局何も出来ないで終わるんだろうな。

 うん。俺も帰ろう。


「じゃあ、俺もそろそろ……」

「待ちなさい」


 道場を出ようとする俺の肩が掴まれる。痛い。動けない。


「翔平ちゃん? うちの道場来るのも結構久しぶりよね? 良かったらちょっと汗を流していかない?」

「あ、いえ、結構です」


 流れるの汗だけじゃないもん! 絶対そうだもん!


「まぁそう言わずに」


 香澄さんは俺の肩を掴んだままで道場の中央へと歩いていく。抗えない。


「さっき護身術を教えるって言ったでしょう? その為には相手役が必要だと思ってたのよ。痴漢する役がね? それなのに茜はいなくなっちゃったし、どうしよかと思っていたら、ちょうど翔平ちゃんがいるじゃない」

「あ、いえ、俺はロリコンでもないし、彼女いるのでそれはちょっと……」

「大丈夫よぉ〜。これは浮気じゃないわ。ホントに触ったり揉んだり吸ったりする訳じゃないんだもの。そのフリをするだけでいいの。そしたら後は……投げ飛ばすだけだから」

「ひぃぃぃっ!」

「さ、始めましょう。ちょうどいい機会だから前に教えた事を覚えてるか復習もしましょう。そうしましょう。昨日、ちょっと良いなぁって思った人がまたしてもドMでイライラしてたのよねぇ〜」


 おぉぉいっ! 完全にストレス発散じゃねぇか!


 俺は明日千衣子に会えるのだろうか……。

 愛してるぜ、千衣子……。



「ぎゃああああっ!!!」

「ほら、まだまだよ〜♪」



 ──その夜家に帰ったあと、千衣子とビデオ通話を繋げた途端に、疲れきった俺の顔を見て取り乱した千衣子の可愛い顔を見ながら眠りについた。

 意識が薄れる中で、耳に響く「深山くん? え? 深山くん!? 深山く〜ん!」の、声を聞きながら……。

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