第10話 whiff(4)

それは、あまりにも突然の連絡であった。


『標的が死んだので仕事は中止』…衝撃的な指令である。


(じゃあオレ要らないじゃん!)


偶然とはいえ、そんなことがあるのだろうか?


(魔神って強いんじゃないのか?そんな口ぶりだったけど…)


かつて自分がいた世界の、どの常識にも当てはまらない存在。


(そんな化け物がいて、よく安心して生活できるよな…)


その感覚は、アニマには恐らく一生、理解できまい。


まあ、倒されたのならどうでもいい。


その代わり、アビゲイルとの約束を守らねばなるまい。


(今から行くか…)


あてもなく路地をほっつき歩いていたアニマは、アビゲイルの住む寮に行く足を向けた。


今日は休日、ここは郊外。生徒は1人も歩いていない。


が、1人、珍しい者に会った。


「おお!いつぞやのチンピラ偽教師!」


「クソ貴族か。元気だったか」


鼻すら居丈高なその顔は、貴族的な高慢さに満ち溢れている。


皆さんはこの男を覚えておいでだろうか?


そう、課外授業の際、アビゲイルと共にアニマの班に入っていた学生だ。


名前は…


「れ、れ…」


「レルム!イーゼルネンだッ!記憶の一番重要な引き出しにしまっておけッ!」


「そうか」


無表情で脇を通り抜ける。


「所で、だ。貴様学園長の知り合いらしいな?」


背後をピッタリとつけ、話しかけてくる。


「アビゲイルから聞いたか?お前ら仲良いもんな?」


「良くはない。私は抱ける女としか仲良くせんからな」


聞きたくもない交友の基準を聞かされてしまった。


いや、それより何より、そんな男に話しかけられているという事は…


「…オレ舐められてる?」


「割とイケそうな感じは出とるな」


怒る気にもなれない。


むしろ隙を見せた自分自身を責めたくなった。


「しょうもねえなぁ。貴族サマってのは」


「しょうもない生き方を許されているのが、貴族というものだ。


いいぞ、貴族は!好きなだけ研鑽を積む時間があるからな!


『手際』を多少しくじっても隠し通せるしな」


手際というのはつまり、研鑽の成果物の処理だ。


「歩きながらする話でもねぇだろ!」


「こんな話題にふさわしい場などあるまい」


人っ子1人いない道を進んでいると、話題も大胆になる。


「そもそも、貴族がこんな所で1人でいていいのかよ?」


「1人だと何かマズいのか?」


「…いや、そうだったな」


皆さんもご記憶の事だろう、レルムの修羅の如き戦いぶりを。


学園内でこの男に喧嘩を売る愚か者は1人もいない。


「…」


「…」


そろそろアニマの対話能力も限界だ。


元々、他人と長々お喋りできるほど社交的な人間ではない。


「つーか、ついてくんなよ!」


「ついてなどいない。同じ方向に行くだけだ」


「…まさか」


「何だ、貴様もか?」






「よ、よ、ようこそ!わ、私の部屋に…おや?


ふ、2人でいらっしゃるとは…!」


怯えたような表情で迎えたアビゲイルだが、多少付き合いの長いレルムには、歓迎の笑みだと分かる。


「この女も呼んでいたのだな!」


「え?あ、は、はい。でも驚きました!


アニマさんはお仕事が忙しいと聞いていたので…」


「いや、色々あってな。仕事は終わった。


…というか、寮って聞いてたんだが…」


この部屋は、どう見ても校舎内の会議室である。


足元には、この部屋にはむしろ不自然な生活用品が散乱している。


「ああ、お金無かったので…ここならタダでいいと。


鍵も勝手につけました」


「…お前一応貴族だよな?」


アビゲイルは苦笑う。


「母の方針でして。住む所は自分で何とかしなさいと」


貴族にも色々あるらしい。


「相変わらず、何という狭さだ…!


よくこんな所に住めるな!棺桶に憧れでもあるのか?」


確かに、同じ貴族でもこの男の暮らしとはだいぶ違いがある。


レルムは、寮生活をするのもわざわざ島外に帰るのもごめんだ、ということで無人の地区に勝手に屋敷を建てた。


生徒会に対して協力するという建前で、執事が後から許可を得たのだ。


「まあ、貴様の生活などどうでも良いわ!


あと盗電はやめておけ」


「アレ私じゃなくて先生がやってるんですよ」


(この学園大丈夫か?)


この校舎のあちこちから伸びた黒いコードは、都市の電線に絡みついている。


都市の電気を半ば公然と盗んでいるのだ。


「この校舎、住んでる人が多いんですよね。


生徒も先生も」


「ああ、この部屋入ってくる時も見たぜ。


生徒が廊下で寝袋被って寝てたよ!」


「あの方は先生です」


「…ああ、そうなの」


学園長が危惧していた秩序の崩壊だが、学園内ではだいぶ前から始まっていることを、かの老人は知らない。


「それはもう良かろう。本題を話せ」


「あ、ああ、そうでした。


お2人にはもう事情を説明したかと思いますが、念のため…」


とある国の王族といざこざがあり、その人物に雇われた魔導ハッカーに、旅先で襲われたという。


「っつってもよ、もう逃げ切ったんだろ?


こっちからちょっかいかける必要もねえんじゃねえか?」


仕事が中止になったことで気が抜け、著しくやる気を失っているアニマだ。


「な、何言ってるんですか!


旅行行くたびに襲われたらたまらないですよ!」


至極当然な不安ではある。


「まぁ…それはな」


「それに、命を狙われたんですよ!?


それってつまり、ラブコールじゃないですか!」


「おう…おう?」


「愛には、応えたいじゃないですか!!」


「ん~、そうだな。お前の言う通りだ」


これが噂の『恋愛体質』、というやつだろうか?


知れば知るほど理解し難い性分だ。


「ま、いいさ。お前のしたいようにすればいい。


いつ行く?」


その性急な問いにも答えは既に用意していたようで、


「あ、み、皆さんのご都合がよろしければ、明日にでも!


皆さん予定があるでしょうし、日帰りがいいですよね?」


「そうだな。仮にも学生の身であることだし」


「そう上手くいくとも思えねえが、まあとっとと片付くに越したことはねえか」


頷き合い、最後に締めくくるように、


「ハッカーを相手取る以上、空港などに近づくのは危険です。


移動手段はこっちで用意しますので、明日正午にアカデミア・ベイに集合で」


アカデミア・ベイとは、この島の南港である。船を用意しておくという事か。


ともあれ、これで手筈は整った。


「で、では、そういうことで…」


「おう、明日の12時な」


「うむ、明日」


これにて解散。


アニマとレルムは部屋の外に出る。


「さらばだ、偽教師」


「お前、その呼び方いい加減やめろよ…」


「うむ、そうだな偽教師」


「それお前の語尾か?…まあいい、あばよ」


無意味なやりとりの後、別れる。


アニマは再び、1人になった。


「…もう、終わりか」


ぽつりと言う。言ってから理解する。


全ては明日になってから。本日の予定はこれで終了だ。


「…」


両肩を回し、息を吐く。


ついでに咳払いもしてみる。


誰が反応する訳でもない、ありのままの静寂。


その時、生命の気配を感じさせる音がした。


「!」


足元をチラリと見れば、寝袋にくるまった女が静かに寝息を立てていた。


(はは、こいつが教師なら、確かにオレは偽教師だな)


虚無感を埋めるように内心で言葉を紡ぐが、心臓の奥を這い回る違和感が消えることはなかった。


(久しぶりに会ったもんで、変に期待してたらしいな、オレは。


…恥ずかしい奴め!)


退屈か寂寞か、その穴を埋める術を、彼女は暴力以外に知らない。


(明日は、殺せる。明日の正午は船に乗って、お楽しみって訳だ)


だが、予定された暴力について考えていると、刺激をもたらしてくれるはずの殺戮も、やはり退屈な日常と地続きでしか存在し得ないことを実感して虚しくなった。


(…アホらし。帰って寝よ)










「はいはい。私よ。次の仕事ね。


マハルキタの西にある、クランボの村?


そこに、危険な研究をしている魔法使いがいる、と。


…毎度毎度思うのだけれど、あなたの情報ってムラがあるわよね。


この間だって、そのせいで苦労したんだから。


ほら、魔神王の件も、そうだったでしょ?


どうして言わないのよ、もう1人いるって。


…まあいいわ。仕事が終わったらまた連絡する。


じゃあね


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.40【デッドマン・ウー】

陰鬱な農村、クランボの村に居を構える死霊術師。

アマツガルドにある『不死にまつわる伝説を持つ山』に

目を付け、その山の龍脈を利用した大規模な呪術を完遂

しようとした。

画面外で、謎の少女に惨殺された。

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