こんばんは。
日本の文豪と呼ばれる人の多くが、貧乏をして誰かの家の厄介になっているのを思い浮かべました。
ある時期は先人の著名な作家の弟子のように。またある時期は新進気鋭の仲間同士で、斯く斯くと時代を切り開く運動をしていたりする。
ゴッホのしているのとは違いますが、遠い未来へ一足飛びに辿り着こうとする姿として似ていると思いました。
作者からの返信
須能 雪羽様
こんばんは。おいでくださり、ありがとうございます。<(_ _)>
いつもコメントありがとうございます。
おお、文豪とお比べになったのですね。
ファン・ゴッホの場合は、弟子はあまり性に合わなかったようですが、仰る通り、新進気鋭の仲間と集いたかったようです。
彼もその中の一人であり、自分にも力があるのだと奮い立たせていたのかと思われます。
全く同じではありませんが、誰しも未来を掴みたい気持ちはあるのだと思います。
応援してくださり、誠にありがとうございます。
ぺこり_(._.)_🌻
編集済
愛を求めていたゴッホがこの頃になると友人を求めるようになったという印象です。人が恋しかったのでしょうね。
歴史の傍観者、壽美登くんがこれから起きることをひどく恐れているということですね。二人には見ているしか出来ない、歴史は変えられないのですよね。
ゴッホがゴッホになった、それが不遇の夜明け。
その言葉がゴッホの人生を象徴している気がします。
(お話を楽しみにしているので、さらりとしか調べていないのです笑)
返信不要です('◇')ゞ
作者からの返信
奥森 ゆうや様
こんばんは。おいでくださり、ありがとうございます。<(_ _)>
引き続き、体調へのお気遣い、誠にありがとうございます。
コメントを何度も拝読させていただきました。
仰る通り、ファン・ゴッホは、家庭的な愛情を求めて来ていましたが、友人と絵画を通じて親しくなりたかったようです。
人恋しいと言えますね。
菊江さんと壽美登くんは、持ち物を過去に持ち込めませんので、相手をあたためたくても、魔法の透明なストールを掛けるだけでした。
それ程、歴史を弄れないのです。
仰る通り、傍観者ですね。
美術史に詳しい壽美登くんからしてもこれからのファン・ゴッホを含め、もどかしく見ているしかありません。
ゴッホがゴッホになったと言うのは、不遇の夜明けでもありますし、アルルでの画風の転換期との思いも込めてサブタイトルを付けました。
拙い本作ですが、噛み砕いて読んでくださり、ありがたいと思います。
応援してくださり、誠にありがとうございます。
ぺこり_(._.)_🌻