第83話 消えたジーナ-2

「ずいぶんな念の入れようね。ひどい焼かれかた」


 いつの間にか怜が僕の後ろにいた。


「見張りは……」


「隣の若い子がやってくれてるわ。……ジーナは……」


 怜は部屋を見回して言った。僕は現実を口に出して言う勇気がなかった。怜は言った。


「とにかく、翻訳機が残っていなければ、ジーナは火事からは逃げおおせてるわ」


「翻訳機は落ちてなかった。だけど、だけどなんだって……」


 怜は言った。


「亘平、あなた狙われてるわよ……。さっき外でチェックしたけれど、並びでやられてるのはここだけ」


 僕は回らない頭で必死で考えた。だけど、ギャングたちの目的がさっぱりわからなかった。ネコカインの支給は数日先だったし、ジーナが目的だとしたらもっと話が分からなくなった。なぜなら『犬』を避けたいギャングが猫をさらうなんて本末転倒だからだ。


 僕がふらふらと外に出ると、外ではとなりのおかみさんが待ち構えていた。


「山風さん!」


 僕が顔をあげると、おかみさんの目は真っ赤だった。その真っ赤な目を吊り上げているので、おかみさんの顔はおそろしい形相になっていた。


「山風さん、こっから出てってください。この団地から!」


 僕は話が呑み込めずにただぼうっとおかみさんを眺めていた。おかみさんは僕をこぶしでどついた。


「うちの子が火傷したんですよ! 『火星世代』のひとがね、ここにいたら、子供が巻き込まれるんですよ!」


 後ろから隣の主人がおかみさんをなだめようとしたが、おかみさんは肩で振り払って聞かなかった。


「ギャングにとっちゃ『火星世代』は格好の獲物だって言ったろう! 迷惑なんだよ! あんたがここにいたら! これからギャングと開拓団の争いになるかもしれない。ここもあんたのせいで、もう安全じゃなくなっちまったんだよ!」


 言われてみればその通りだった。隣の子の火傷は悪いのだろうか。僕は隣の主人の胸で泣き崩れるおかみさんを前に、何も言葉が出てこなかった。

 怜は腕組みをして、僕たちのことをじっと見つめていた。僕は怜に何かを言ってほしかったのかもしれない。けれど怜はそこでだまって見つめているだけだった。


「うちのが済まねえな……」


 隣の主人がおかみさんの肩をさすりながら、僕にそう話しかけた。僕は言った。


「ここを出ます……」


 ご主人は僕を気の毒に思ったのか、最後にこう言った。


「今日だけでもうちに泊まっていくかい。急に行くところもないだろう。玄関先はやられたが、なーに奥の部屋を片しゃ、ひとりぐらい余計に眠れるさ」


 僕はちからなく首を振った。家の中のものはみんな焼けてしまっていたし、ここにいては本当にみんなに迷惑がかかるかもしれない。

 それに、ジーナを失った家にはもう留まる理由がなかった。

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