第72話 ストリート・シーン-2

 なにせ『火星世代』が『開拓団』で暮らしているのだ。『火星世代』では完全に気配を消して生きていられたのにね。


「あんたいったい何しでかしたんだい」


 それが僕が地域の顔役から言われた言葉だった。僕はあんまりジーナを抱えているこちらの生活に鼻を突っ込んでもらっては困るのもあって、意味ありげににやりと返すだけにした。

 長いあいだの鳴子さんたちとの付き合いで、『開拓団』の好奇心には何もエサを与えないことが大切だと分かっていたからだ。ところで、こういうときに『開拓団』の人たちはどんな反応をすると思う?


「そうかい……人間、言えねえこともあるわな!」


 顔役はわけ知り顔にそううなずくと、周囲の人間にこういうのだ。


「まあそういうこった。最低限のとこは助けてやんな」


つまり、自分だけは何か知っている風を通すのだ。こういうときの面子の在り方は『開拓団』特有のものだった。(まあ、そのあとで自分には事情を話すように圧力をかけてくるけどね)


 それで、『開拓団』の地域に住むまでは知らなかったんだけれど、『かわます亭』は『開拓団』の中でも上の人たちが集まるような店だったんだ。僕のアパートのある東地区は『グンシン』(僕の会社だね)が守備をしていたから治安が良かったけれど、少し外れればギャングの支配していると言っていい地域だった。


 『かわます亭』はあの襲撃から一か月でもうすっかり元通りになっていた。地元から愛されていたからね。みんなそれなりに協力をして、ガラス窓も何事もなかったかのようにきれいになった。それでも『開拓団』地域は相変わらず荒れていて、仁さんのところにはひっきりなしにケガ人が運ばれているありさまだった。


 僕は怜(とき)を『かわます亭』に呼び出した。怜にだけは状況を話しておかなくては、と思ったからだ。誰にも聞かれないのなら地上のほうがよかったけれど、僕が『開拓団』に引っ越したことも話しておきたかった。


 その日かわます亭に現れた怜はまた開拓団風の格好をしていた。具体的に言うなら、紺のシャツの上に遥さんのようなゆったりしたエンジニア用のつなぎを着て、豊かな髪を二つに分けて肩におろしていた。


「引っ越したんだって?」


 怜は僕の格好を上からしたまでさっと見るとそう言った。確かに僕はとなりの夫婦の忠告を守って、『開拓団』風の格好をするようにしていた。


「似合わないかな」


 僕がそういうと、怜はまた例のにやりとした笑みを浮かべて何も言わなかった。怜に会ったら話さなくてはいけないことだらけだったはずなのに、僕は怜と会えばすぐ言葉を忘れる。となりで飲んでいた怜が僕の沈黙に怪訝そうに僕を見上げたので、僕は思わず咳払いをした。


「実は、会社のほうでとんでもないことになった……」

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