第44話 サラリーマン亘平のひみつ-6

 診療所につくと、仁(じん)さんは「だいじょうぶ、大丈夫」と言うなり、別室によろよろと入って行った。

 そして(たぶん体にはよくない方法で)酔いをさましてもどると、いくぶんかしゃっきりした顔で診察台に寝かされた男と向き合った。


 誰かが戸口付近で「江里(えり)さんはどこいったんだい先生」と声を上げるのが聞こえたけれど、仁さんは全くの無視で


「手当して何分だ?」


と大声で聞いた。最初に酒場に駆け込んできた男が


「三十分も経っちゃいねえよ


と返し、仁さんは次に僕にこう言った。


「亘平さん、悪いが言うとおりに戸棚から薬を出してくれないか」


 男は痛みが増してきたのか、額に脂汗をにじませて、両手で足をつかんでうんうん唸っている。

 ちらっと見る限り、足に傷ができて大量に血がにじんでいるようだった。

 男の足は幅の広いヒモと、ヒモをねじるための棒きれで止血をされていた。


「銃創は入り口は小さいが出口が問題なんだ」


 仁さんはそういうと、僕に手伝うように言って男を横向きにした。

 男の傷は裏側の方が大きく開いて、採掘場でのケガを何度か見ている僕でも、もう少しで気分が悪くなるところだった。


 仁さんは僕に戸棚の引き出しから一番小さな茶色の瓶を取り出すように言うと、それを男の足に大きな注射器で注射しながら全員にこう言った。


「創(きず)を撮るからみんな部屋から出てくれ」


 僕以外の人間は部屋からいっとき出され、僕と仁さんは男が足を抱えないように力ずくで抑えた。

 天井から下がっていた照明のようなものを使って撮影にかかったのは数秒で、仁さんがスイッチを切り替えると、男の足に血管のようなものが浮かび上がった。


「……骨はきれいだ。大きな血管は避けたな。おやっさん、あんた運がいいぞ」


 男の顔に一瞬、ほっとした表情が浮かんだ。

 僕が仁さんに言われた通り別の何種類かの小瓶を取り出し、その小瓶の中身を注射すると、男はしばらくのうちに大きく息をして、唸るのをやめた。


「先生、頼むぜ、上物のネコカインを都合するからよ」


 男は息が楽になった途端、上機嫌でそう言った。

 仁さんは僕に相手にしないようにジェスチャーで伝えると、ズボンを大きなハサミで切り始めた。

 仁さんと僕は、男のズボンを切って開くと、傷口の消毒と洗浄を二回ほど繰り返した。


 男はそのあいだじゅう、ネコカインがどうとか、金属紗がどうとか言っていたけどそのうち薬の効果もあるのか、眠り込んでしまった。

 男の傷口はふさがれて、仁さんは戸口で待つ男たちのところへ状況を伝えに言った。そして戻ってくると


「かみさんが連れに来るってさ」


というと僕に診察台の横の椅子に座るように促した。


「どうだいこれが『開拓団』だよ! 上物をめぐってドンパチは日常さ」


仁さんはそういうと、どこからかまた酒瓶をもってきてグラスを僕にも押し付けた。


「仁さん、飲みすぎじゃ……」


 僕が控えめにたしなめると、仁さんはいつになく投げやりに、そして僕を据わった目で見据えて言った。


「君はつまらんこと言うなあ……! でもどう思う、亘平さん」


「どう思う……って」


「俺の知る限り、ヤクにいいヤクなんてないぜ。いいか、ここではネコカインのために人が死ぬんだよ! わかるかい、その意味が」

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