第12話 陽炎 2

 体育館での出来事の3ヶ月前、泰子は学校の帰り道ある書店で本を見ていた、コミック売り場だ。

学校でよく話題になるコミック本を眺めているとみんながどんな話題を振りまいているかそれらを見るとすぐにわかるような気がする。

 泰子は幾つかパラパラとめくり立ち読みをしていた。

店には盗難防止の監視のために、隅の角にカーブミラーが設置してある。

 そのカーブミラーを通して泰子を見ている男がいた。駿太である。

<あれ、バスケ部の泰子じゃないか?>

<また、まんがばっかり読んでるんだろう>

 泰子は見られているとは知らずにコミック本の立ち読みに夢中だ。顔がニヤニヤ笑っている、きっと面白いのだろう、カバンを床に置いてしまって読んでいる。駿太はその様子をじっと見ていた。


 泰子が腰をかがめてカバンを手に取った瞬間、カーブミラーを見ていた駿太の目に驚きのシーンが目に入った。

 泰子がコミック本を一冊カバンに入れてしまっていた。

 ”万引き”である。

 泰子は何も悪びれる事もなく自然にその売場を立ち去って行った。

<何だよ、万引きかよ>

 駿太はコッソリ泰子の後を追った。

 後を追いながら、泰子の後ろ姿を見て、獲物を追う目に変貌していった。

 

 書店を出ると泰子早歩きになり、道の曲がり角を右に曲がるとゆっくりと歩き始めた。駿太は後ろから声を掛けた。

「おーい泰子じゃないか!」

 泰子はビクッとして立ち止まり振り返った。

「先生!……」

「本を読んでたのか?」

「……」

 駿太は万引きを見ていたことを言わずに軽く声を掛けた。

「遅くならないように家に帰るんだぞ」

「はい」

 その日はそのまま見送った。

 泰子は<見られたかも>という恐れはあったが、それに駿太が触れなかったので少し安心して家路についた。


 二日後、康子の教室の机の中にあるものが入っていた。

 紙飛行機が一つ……。


 朝練のランニングの後着替えをして教室に入った時に気付いた。

 その紙飛行機は手のひらに納まるほどの大きさで便箋で折られていた。

 泰子は、誰か男子生徒からのラブレターかもとワクワクして広げてみた。


 頬が震えているのがわかる、足がガタガタと音を立てていくのがわかる。

 唇をキットかみしめて読んでゆく。


【カバンの中に黙って入れたコミック本、おもしろかった?】

【だめだよ、お金も払わずに持って帰っちゃ】

【ちゃんと、見てたよ】

 

 泰子は愕然とした

<誰だ?あの時書店では誰にも会わなかったはず>

<ちょっとヤバイ>


 それからというもの泰子は近くで自分を見ている”誰か”が気になってしかたがなかった。


 そして金曜日の朝、泰子は朝練の後また机の中に紙飛行機をみつけた。


【おはよう】

【あのことは黙っててあげる】

【もうしないと約束しなさい】

【約束出来なきゃ】

【お父さんに言う】

【約束の印に、あなたの今履いているパンツを】

【教室の掃除用具入れの中に引っ掛けときなさい】

【それが約束の証】


 今度は要求をしてきた

<いったい誰だろう?>


 その日授業が終わり掃除の時間になった。

「誰だよ、こんなところにパンツ干しとくやつは!」

 男子生徒が掃除用具入れの中に引っ掛けてあったパンツを見つけた。

「これ女子のだよな? 誰のだ?」

 箒の先にパンツを引っ掛けてクルクル回している、泰子は恥ずかしくてたまらなかった。もし名前でも書いてあったら”赤っ恥”である。

 男子生徒はそのパンツでキャッチボールを始めた。

「もうやめなさいよ! 女子生徒がパンツを取り上げ机の中にしまうと」

「おまえのか?」

「違うわ、、」

 教室に笑いが溢れた。

 その時の恥ずかしさと言ったらもう……。

 泰子はパンツを履かずにトレーニングウエアを着ていたが

 その日は何事もなく過ぎていった。

 その日に来た紙飛行機は粉々に引き裂きゴミ箱に捨てた。


 翌日泰子は部活を終えて教室に戻りカバンを整え帰ろうとしていた。

 カバンを開けると目に飛び込んできたのが

”紙飛行機”だった

 

【書店の人があのコミック本が足らないのに気が付いたよ】

【どうする?】

【どうする?】

【どうする?】


 泰子は焦った。脂汗が頬を伝ってゆく。

 家に帰ってもそのことばかりがあたまの中を駆け巡り朝まで一睡も出来ずに夜をあかした。朝起きて鏡を見て目の周りが浅黒いのが分かる。

「泰子、どうしたの? 顔色悪いんじゃない?」

「何でもないよ!」

 泰子は今日も朝練に向かっていった。

 歩きながら、昨日の紙飛行機の手紙の内容がリフレインする

<どうする?>

<どうする?>


 今日は朝練の前に気になってしょうがなく先に教室に入った。

  教室に着くと恐る恐る机の中を覗いてみた

 ビクッと身体が震えた。

 紙飛行機が、、


【誰にもわからないようにしてあげる、秘密に】

【僕がしてあげる】

【今日夕方七時に森本公園に来て】


 泰子はこの手紙の主は男だと感じた、”僕”とある

 男子生徒か?

 いや男を騙る女子生徒か?

 近所の人か?

 

 その日は部活を早めに終えて泰子はいろいろ考えながら注意深く森本公園に向かった。その道すがら誰が来るのだろうと不安でいっぱいであった、あのひとか? いやあの男子か?


 森本公園までは学校から約10分ほどで着く、

 初夏の風が気持ちいい。

 やがて来る盛夏を待ちわびる太陽が夕方六時をすぎてもまだ照り付けている。

 泰子は公園に着くと入口に立ち、中を見回した。

 誰もいない。

 何処かの子供の忘れ物の小さいスコップが砂場に落ちているだけである。

 暫く公園に入るかどうか迷っていると、背後から人の気配がした。

 振り返ると、駿太が立っていた。

「坂下先生!」

 泰子はまさかと思った。

 まさか部活の顧問である坂下駿太がそこに現れるなんて夢にも思わなかった。

「黙ってついて来なさい」

 駿太が静かに言うと、泰子は黙っていない駿太の後をついて行った。


 駿太は町に入り、あの書店に向かっていった。

 泰子は

<えッ、書店に入る?>

<どうするんだろう?>

 冷汗が噴き出た。


「お前はここで待ってろ」

 駿太は一人で書店の中に入って行った。

 レジのカウンターの前で店員の女性と何やら話をしている。

 頭を下げて謝っているように見える、そしてこちらを見ている。

 女性の店員はこちらを見て泰子の顔を確認している。


 暫く駿太と店員が話をしていると、店長らしき男の人が話に加わったようである。

 暫く会話があり、駿太が出て来た。

「ついて来なさい」

 駿太が言うと、泰子は再び駿太のあとについて歩き始めた。

「先生! 何処へ……」

「黙ってついて来なさい」

 

 二人は町を抜けて駅裏の方へ向かった。


 泰子の目の前に真っ白いマンションが目に入って来た。

 オートロックの入口を駿太が開けて、泰子を迎え入れた。

 正面にエレベーターがあり、駿太がボタンを押すと直ぐにエレベーターのドアが開き、滑り込むように二人は入って行った。

 「先生……」

 駿太はエレベーターの中で無言で泰子をみていたが、すぐに四階に着くとエレベーターのドアが開いた。駿太は泰子の腕を捕まえてエレベーターを降りた。

 暫く歩き”四〇六号室”の前に立つと、駿太はカチャカチャとズボンのポケットから鍵を取り出しドアの鍵を開けた。

「はいんなさい」

駿太は笑顔で泰子を迎え入れた。そして後ろ手でドアを閉め、”ガチャリ”と鍵を締めた。

泰子は靴を脱いで中に入ってゆくと、短い廊下の奥にあるリビングルームに通された。ソファとテーブルがあり、ソファに腰かけると

「ここ先生の部屋ですか?」

「そうだ……」

「一つ聞いてもいいですか?」

「あの紙飛行機は先生が?」

 駿太は無言でキッチンへ向かいコーラをグラスに入れて持ってきた。

「ねえ、先生……」

「まあ、コーラでも飲みなさい」

 泰子はとりあえずコーラを飲み干した。よく歩いたせいかのど越し良く入った。

「見たの?」泰子は自分の万引きを見られたか確認したかった。

「先生」

 うなずく駿太が

「さっき書店で話をしてきた」

 泰子はもうダメだと思った。

<みんなに知れ渡るのは時間の問題だ>

 泰子が駿太に何か話そうとして口を開いた瞬間、泰子は意識が朦朧となってソファにふさぎ込んだ。暫く眠ってしまったようだ。

<何か、コーラに入れられた?>


 何か腕に”チクッ”と感じて一旦目が覚めたが、今度は急に身体がフワフワ浮くような気分になり、また眠ってしまった、完全に夢の中をさまよい歩いていた。

 海の岸壁を飛び降りて行き、海に飛び込んだり、山の上から飛び降りて急降下したりと恐怖から解放されるような夢ばかり見ていた。

 どれだけ時間がたったのだろうか、泰子は身体が”ビクッ”と震えて目が覚めた。

 セーラー服のままソファに横になっている。

 ふと、下半身に湿り気を感じ右手で太股辺りを触ってみると、、。

 濡れている。

 失禁している、

<えッ、おしっこ漏らしてる?>

 まだ意識が朦朧としている中、起き上がってみた。

 目の前に駿太がいる、身体がまだ意識どうりに動かない。

<どうなってしまったんだろう>

<身体が動かない>

 駿太は、泰子の腕を取り何やら器具を取り出した。注射器だ。

 小さなガラス瓶から注射器で少し透明の液体を吸い取りあっという間に泰子の腕に注射器を刺してその液体を泰子の体内に送り込んだ。

 泰子は”ウー”と唸りまた眠りに吸い込まれた。

 目が覚めたのは、駿太の寝室のベッドの上だった。どれだけの時間がたったのか分からない、部屋が薄暗い、

 泰子はまた、自分の太股辺りを触ってみた、やはり失禁している、それも大量に……。

<恥ずかしい>

<こんな姿、先生に見られている?>


「先生……」

 小さな声が出た。


 声を聞いて駿太が寝室に入って来た。

「気が付いたか?」

「私、どうかしたんですか?」

「何か急に眠くなって……」

「ふわふわと浮いたような気持ちいい気分になって……」

 駿太は泰子をコーラに入れた睡眠薬で眠らせて、腕に薬物を注射したのだ。

 それも二回も。

 はじめて薬物を入れられたものは必ず失禁する。

 気持ち良すぎて節制が効かなくなるからである。


 駿太は、以前アメリカに旅行に行った時にドラッグを幾つか買って帰ってきていて、いつか使おうとおもっていたところであった。


「今日はもう遅いから帰りなさい、送ってあげるから」

 泰子はシャワーを浴びて部屋に戻ってくると。

「私、なんか……変……」


 駿太は、泰子を家の近くまで送って行った。別れ際

「俺が全て上手くやってやる、安心しろ」

「誰にもわからないようにしてあげる」


 それから、駿太から度々紙飛行機が送られるようになり、そのたびに駿太のマンションに連れてこられるようになってしまった。

 そして毎回薬物をうち泰子を中毒にさせて、泰子の身体までも奪った。


 そして最近では興が過ぎて学校の体育館とか、保健室を使い泰子を辱めていた。それを父兄が娘が度々外出したり、家でぼーっとしたりと、様子の異変を感じ取って、市の教育委員会に調査を依頼していたのである。

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