第10話 迷走 紙飛行機 直子
あれから十年、時の経つのはあっという間である。
直子と百合は共に二八歳を迎えていた。
直子は高校卒業後、両親の離婚から母親と共に隣りの市に引っ越し、二人で暮らすことになり、家計を支えるために地元の地方銀行に就職した。
百合は大学に進学した後商社OLをしていた。
直子はいろいろ男性との付き合いも経験したが、なかなか結婚とまでは至らなかった。母親からは<もうそろそろ嫁にいかないと……>と口うるさく言われていた。
時は1985年、数々の出来事があった。
ロス疑惑、日航ジャンボ機墜落事故、阪神タイガース優勝、男女雇用機会均等法施行、NTTの誕生、夏目雅子の死去、など確変的な事件が数多く起った年である。
同時に女性の地位の見直しがなされ、女性が生きやすい時代の幕開けとなった時代である。
”合コン”と言う言葉もその時代に生まれた。
直子はその時自動車の免許も取り、颯爽と生きていた。
「ねえ、直子、今度合コン行かない?」
と誘ってきたのは同僚の
「知り合いの商社マンからのお誘いなの」
「商社マンか――」
直子はそれもいいかなと思い
「行こうかな……」
「じゃ、来週の金曜日七時に居酒屋<越前>に集合って事でよろしくー」
「会費は三千円ね」
「わかったわ」
直子はちょっぴり期待していた。そろそろ恋人も欲しい。
<ちょっと勝負に出てもいいかも>
<明日の休みにデパートで着てゆく洋服を見てこよう!>
季節は秋から冬に向けて一直線の季節で、迫る”クリスマス”に向けて若者はいろいろ準備に入る時期を迎え直子も今年こそは誰かと一緒にクリスマスを迎えたいと思っていた。
デパートに来ると中は華やかで真っ赤なイルミネーションが輝きクリスマスに向けてのイベント真っ盛りである。
直子は合コンに向けてイメージを膨らませ洋服を選んで行った。
<やっぱり赤系かな? それとも気取ってピンク系? >
<それとも今流行りの”ボディコン”? >
<そんなにスタイル良くないからやーめた> (笑)
ふと通りがかりにマネキンが着ている物に目が留まった。
薄ピンクのブラウスに赤をベースにした模様の温かそうなセーターをまとい、タータンチェックのスカートを着ている。見るからに清楚かつスポーティな感じである。
<これだ! >
直子は店員を呼びサイズと値段を確認すると、試着室に向かった。
試着室に入り上から下まで誰かがコーディネートした洋服を着て目の前の姿見を見る。ニヤリと笑いが出る。
<これで、人気者に……>
直子はそのままその洋服を全て購入した。合わせて二万八千円であるが惜しげもなく支払いを済ませその売場を後にした、エスカレーターを降りてゆくと階下に靴の専門店が目に入り
<そうだ靴も……>
靴の店に入るとショーウィンドウに星の柄の白いスニーカーが目に入った。サイズをチェックして、それも買った。この日は三万円以上使ってしまった。
<仕方ない、仕方ない>
その時代流行った”ルンルン気分”というやつで家に帰った。
直子は帰って直ぐに部屋でその服をまた着てみて、なかなか美人ではないかと我ながら自画自賛していた。
<勝負にでよう!>
合コン当日直子は会場となる居酒屋<越前>に向かった。
タクシーで居酒屋の近くまで来てタクシーを降りると、そこは繫華街から少し離れた場所で人通りもまだ途切れず賑やかな金曜日の夜を呈していた。
居酒屋へ向かう途中、小さな人だかりが目に入った。よく見ると人の輪の中にピエロがいて、ジャグリングをしているようでそれを珍しそうに見ている人だかりのようだ。カラフルなスティクを次々と放り投げては受け取ったりしている、リズミカルに、、。きっと商店街の客寄せかな? と感じた直子は暫く立ち止まり見ていた、まだ時間には余裕がある。
ピエロは芸の終盤にきたのか、チラシをカバンから取り出し見ている客に配り始めた。途中から商店街のチラシを紙飛行機に折りたたんで遠くの客に飛ばし始めた。幾つか飛ばしたその一つが直子のまえで足元にポトリと落ちた。
<あら、私のところにもきた>
拾い上げるとその紙飛行機を開いてみた。
すると余白の所に
”再会”
と書いてあった。
直子は何だろう? ”再会”とは? 不思議な思いで合コンの会場である居酒屋に向かった。振り返るともうピエロの姿は無かった……。
その店は直ぐに見つかった。店の前には大漁旗がありいかにも現地直送うたう店のようである。中に入ると十帖ほどの座敷が二つと、カウンター席十席があるけっこう大きな居酒屋である。座敷の奥から声がした。
「直子ー、こっちこっち」
呼ばれた方を見ると、敏恵がいる、その横に同僚の女子が四人と男性が六人すでに会い向かいで座っている、いかにも”合コン”仕様である。
敏恵が有無を言わせず女子たちの席を決めて男の横の席を埋めてゆく。
「はい、直子はそこのブルーのセーターの人と、赤いトレーナーの人の間に入って!」
直子は思わず「はい」と声を上げてしまい、入って早々笑いを取ってしまった。
「では間髪を入れずに乾杯しまーす!」
どっと笑いの中「カンパーイ!」の声が乱れ飛んだ。
なかなか敏恵の進行も上手い。
全員生ビールのジョッキを仰いでいる。女子も男に負けずごくごくやっている。
直子はまだ少し恥ずかしくて隣りの男をよく見ることが出来なかった。
「直子、だよね……」
「えッ…… 誰? 」
隣に座っているブルーのセーターの男が直子に声を掛けた。
その顔に確かに見覚えがあった。
顎にも髭を蓄え、いかにも海外在住の商社マンと言えそうな感じだが、うっすら見覚えがある、
「俺だよ、森だよ……」
「エーッ 森君?」
直子は変貌した森に驚きを隠せなかった。
いかにも活躍している感じである。
突然の大声で皆が静まり返った、
「直子のお知り合い?」
不思議そうに敏恵が尋ねる、
「森君は、私の高校の時の同級生……」
「そうなの? 偶然だね、それもいいんじゃない?」
森は大学卒業後商社マンとして世界をまたに活躍中ということだ。
「こんなところで会えるとは思わなかったなー」
「直子、元気にしてた? 綺麗になったんじゃない?」
「ありがと、私もこんなところで森君に会えるとは思わなかったわ」
久し振りに再会した二人は昔話やら近況を話し合って意気投合していた。
高校の時の懐かしい部活の話やその頃流行った事など、話は尽きることが無かった。改めてまた好きになってしまいそうである。
反対側の男性は早くも直子を諦めて違う女性に話をかけていた。
直子はかつて森の事が好きだったことを思い出した。
<も一回アタックし直してみようかな……>
ふと頭をよぎった。いや、やめようか……
「ところで森君、今恋人は?」
「そんなのいるわけないじゃん、海外勤務ばかりだしさ」
「来月からは日本の本社勤務だから付き合ってやろうか? ハハハ」
「ばか……」「ククク……」
思わず笑ってしまった。
ほんのりと酔いが回った直子は、森の横で頬を少しピンク色にさせて佇んでいると、敏恵がやって来た
「直子ー、いいカップルになれそう?」
「えッ、な、な、何を言ってるんですか?」
「向こうで見てて、いい感じよ、付き合っちゃいなさいよ」
森がすぐ
「俺はいいよ! 付き合ってくれよ!」
それを聞いたみなが、ヒューヒューとちゃかす
直子は真っ赤になってしまった。
<ピエロにもらった紙飛行機のなかに書いてあった”再会”とはこの事だろうか?>
確かに学生の頃直子は森に憧れていて、今また惚れそうである。
今日は服を新調して来て良かった。
合コンは中盤に差し掛かり”一気飲み”タイム、”告白タイム”、”貧民ゲーム”など盛り上がりラストの二次会募集まで進んだ。その店は早くもクリスマスパーティかと思われるほどであった。
暫くするとトイレに立った森が帰ってきた。すかさず
「直子、トイレから出たら珍しい人とバッタリ会ったよ……」
「へー、だれ?」
「見れば直ぐに分かるよ、チョット一緒に来いよ」
直子は森に連れられて今まで見えてなかったカウンター席に来て”ビクッ”と身体が反応した。
そのカウンター席の奥の方に一組のカップルがいて食事をしている。
女性の方がこちらを見た……。
「あらっ、ナオじゃないの?」
「さっき、森君と会ったけど、ナオもいたんだー」
「合コンだそうで、ナオ、元気だった?」
あれから、もう絶対に会わないと決めていた
百合だった……。
彼氏と思われる男と一緒だ、
「ナオったら、急に部活辞めちゃって変なの、って思ったらどこかへ行っちゃって」
「あれ以来だね」
話す百合はとてもスレンダーで、ピンクのボディコンスタイルはなかなかのものだ、ソバージュと呼ばれる髪は少し茶色に染められている。横に座る男も彫が深く黒のスーツもよく似合う。二人を見るとどこかの雑誌から飛び出したようなかんじである。寿司をつまんでいる。
直子は、かつての出来事が瞬間頭の中を駆け巡ったのを感じた。
吹奏楽部のコンクールのオーディションで百合から受けた妨害、
百合だけが何も無かったようにコンクールの全国大会に出場した事。
自分が惨めな思いをした事。
悪夢がよみがえった。
暫く沈黙の時間が過ぎ、直子もようやく口を開いた。
「久しぶりね、元気なようねユリ、仕事はどうしてるの?」
「幾つか職は変えたけど、今はOLやってんの、でもチョット今の会社も合わなくて今どうしようかと思ってるところ」
「きっと辞めると思う、何か合わない……」
「そうなの、私は高校卒業後、銀行勤めよ」
「銀行か、それもいいかもね」
<ユリ、あなたにだけは会いたく無かったわ>
<あなたのせいで、私の青春は粉々にされたのよ>
<会ってしまったのは仕方ない、早く消えろ>
直子はあまり百合と目線を合わせないようにしていると、横で森が
「直子、席に戻ろうか、そろそろお開きだ」
森が
「じゃ、またな百合」
と言い残して直子を連れて席に戻って行った。
百合は何か言いたげなそぶりをしたが正面を見据えてビールのグラスを飲み干した。
直子は席に戻っても無言でいた、
「どうした? 直子」
「別に……」
「あまり会いたく無かったわ……」
「お前、まさか昔のあのことを……」
「もういいのよ……」
「きっともう会わないだろうし」
「会いたくないし……」
森と直子はお開きになった合コンの後、二人で小さなスナックで二次会をしていた。
「結構盛り上がったね、まさか森君と会えるとは思ってもみなかったわ」
「俺もだよ、まさか直子と会えるとは……」
「それに百合とも……」
森は直子の思いを察したのかそれ以上言葉にしなかった。
直子は森とカクテルを飲みながら
<”再会”って、もう一人いたじゃん、でも会いたく無かった>
<ある意味、嫌な一日になっちゃった>
「ねえ森君、もう一軒どこかへ連れて行ってよ」
「なんかむしゃくしゃしてきたわ」
やけになっていた直子であった、
直子は森と共に一夜を過ごしてしまった。
その後直子は森と付き合うようになり、週末や休日には二人でデートを重ねるようになった。
その年が明けて間もなく、朝の朝礼で副支店長の長々とした話の後、課長より今月の予定並びに目標達成の訓示があり、その後
「今日は新人の紹介をします」
社員が皆顔を合わせる、
<へー、新人がくるんだ、どんな人だろう?>
ひそひそと皆呟く……。
「さあ、こちらへどうぞ、宮崎さん」
集団の後ろからつかつかと靴を鳴らしながら前の方に歩いてくる女性が目に入った。
「えッ! 何で?」
直子は目を疑った。顔面蒼白になった。
粘っこい汗が肌を覆うのがわかった。
歯がギリギリと音を立てた。
「今日からフロント業務に入ってもらう宮崎百合さんです」
……。
「今後フロント業務はお客様とのつながりを深めるために大事な業務です」
「フロントのスタッフは仲良く業務の連携をするように」
直子は課長の言葉は全然耳に入らなかった。
<どうしてユリがここへ?>
ショックで目が廻る、倒れそうになるのを必死でこらえた。
「今日からお世話になります宮崎百合と申します。銀行業務は初めてですが誠いっぱい頑張ります! 宜しくお願い致します」
<そんな……>
<絶対にもう会いたくないひとが……>
<まして私と同じフロント業務とは……>
目の前が真っ暗になった。
紙飛行機に書いてあった”再会”という文字を思い出し胸を圧迫した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます