第7話 陥れ紙飛行機 百合

 トランペットパートの二十三人中何人レギュラーに選ばれるのかはまだ未定であったが、明日発表されるという事を顧問の先生から連絡があった。部活のみんなはドキドキである。

 今度のコンクールは地区予選、県大会、支部大会を勝ち抜くと全国大会まであるという一年の中では最大のコンクールであり、学校の名誉もかかっている。負けられない、ほとんどの部員がこの大会に青春をかけていると言っても過言ではない。まして限られたレギュラーメンバーに選ばれるために熾烈な戦いを繰り広げる、言うなれば上級生も下級生もない”下剋上げこくじょう”の世界である。

 直子は初心者ながら、昨年二年生の時にオーディションに出る事を顧問の先生から許されて堂々レギュラーに選ばれていた。百合はその時はオーディションに出ることを許されなかったので昨年はそのコンクールには出られなかった。

 

 オーディションはパート別に一人ずつ進められて、選考は顧問の先生ではなく生徒が行うことになっていて、顔が見えない様に部屋を完全に仕切って行われる。声を出さないようにして司会者が進行をして、名前は一切出さずに音を聴く審査である。声を出したら”失格”である。

 三日間の日程で行われる。オーディションで選ばれた部員は”桜組”と呼ばれコンクールの練習に入る。補欠合格者は”水仙組”と呼ばれる予備軍に振り分けられる、その他は落選ということでマーチングバンドと文化祭の練習に入ることになっている。場合によっては落選者からコンクールメンバーに引き上げられる事もあり得る。まさに下剋上である。

 百合も直子ももう三年生で最後のコンクールだから絶対に負けられない思いでいた。

 今日も部活では二人は仲良く合奏に参加していた。今日は全員参加の合奏であるが総勢八十人を越えるとあって体育館で行われた、特にメンバーの多いトランペットパートは二列に並ばないと入りきれない、百合はパートリーダーなので1st,2nd,3rd,と七~八人づつに振り分け着席させていた。百合と直子は共に1stであり隣合わせに着席した。

 合奏ではまず基礎練習から始まった、音程のずれの修正やタンギングの揃え方などを練習すると顧問の先生は一旦タクトを置いた。

「さて、今度のコンクールのオーディションのメンバー数をパート別に発表する」

「チューバ五人、コントラバス三人、トロンボーン六人、……」

 と低音パートから順にメンバー数を発表していった。部員たちは内心ドキドキである。

「トランペット六人!」顧問の先生が言った。

 百合は想像どうりであった。今年の課題曲と自由曲は比較的にトランペットパートは大人しい曲であったため妥当な数であった。

(六人か、、、)

 百合は心の中で指を折った、(あの子とあの子とあの子と……)どう考えても自分はギリギリな感じがした (ヤバい)。


 メンバーの数の発表の後、合奏は進んで行った。

「今年の出来はなんか良さそうだ!各パート良く練習されていると思う」

「来週メンバーのオーディションが行われる、部長以下皆でしっかり選考するように」

「結果は恨みっこ無しだから、皆真剣に取り組むように!」


 紙飛行機が百合の家の庭に引っ掛かっていた。

【ユリへ】

【今度のコンクールのオーディション頑張ろうね】

【もう最後のコンクールだから】

【絶対二人で合格して一緒に出ようね!】

【この前百合が説明してくれたとうりに練習してるよ】

【今日は夜九時まで練習室にいたんだ】

【もう唇が痛くて痛くてジンジンする】

【明日一緒に練習室で練習しない?】

【私の名前で練習室を予約してあるから】

【合奏が済んだら練習室で待ってる】

【ナオより】


 百合は最近少し焦っていた、今年の一年生は名門校と呼ばれている中学から来ていて、先輩としてはやや押され気味である。というか一年生という割に上手すぎるのだ。


【ナオへ】

【今日の合奏でビックリしたよ】

【あの一年生達ヤバいよね】

【いくら名門中学から来たとはいえ上手すぎるよね】

【私たち先輩としては立場ないよね】

【でも頑張ろうね】

【高校最後のコンクール出たーい】

【明日の練習室の件、わかった】

【一緒に死ぬほど練習しようね】

【ユリより】


 翌日二人は合奏が済んだら練習室で落ち合った。

 百合が

「今日の練習しんどかったね、もう唇が痛いよ」

「私もよ、唇の感覚が無い」と直子が返すと

「でも練習しないと一年生にレギュラーを取られちゃう」

 二人は前の机にメトロノームを置き練習を始めると無心にトランペットを練習していた。

「あー疲れた、直子大丈夫?」百合が心配して言うと

「大丈夫よ、まだ行ける」意外と直子はスタミナがありそうに言う。


 ふと、百合は直子の音色があれだけ吹いていてもかすれず綺麗なのに驚いた。きっとこの練習室でよく練習をしているのだろう、スタミナがついているのがわかる。

 どうしてだろう?自分もよく練習をしているのに直子みたいなスタミナがつかない、何か練習に違いがあるのだろうか?

 「あー、チョットここ吹いてみてもいいかな?」

と直子が楽譜の一部分を指で指す、そこはトランペットがソロとなる自由曲の一部でとても重要な部分である。が、そこはレギュラーにならないと吹けない場所である。

「そこは……」百合はまさか直子がソロの準備をしているとは思わなかった。チョット驚いた。

 直子はメトロノームを止めて、バラード風のソロの部分を吹き始めた。百合は黙って聴いていた、どんな感じで吹くんだろうと。

 それはそれは、情緒深く、メロウに、綺麗なビブラートで牧歌的に吹かれたメロディーに百合は聞きほれた。

 (素晴らしい! 上手すぎる、なんでそんなに……)

 二人の実力の差は歴然であった。

 (いっその事、直子が居なくなれば私がレギュラーに……)



 一週間後行われたオーディションが終わって部屋から出てきた直子は顔が真っ青になっていた。涙がこぼれてボロボロになっていた。

 百合が驚いて直子に寄ってきた。

「どうしたの? 直子? 何があったの? 」

「が、楽器が急に鳴らなくなって……」

 もう直子は涙で鼻がぐすぐすで言葉にならなかったが何とか言葉にする事が出来た。

 百合が直子から話を聞くと

 一番初めのオーディションは直子だったが始まって曲を吹いていると初めは順調に進んでいて申し分無かったが曲の半ばにきて急に楽器が鳴らなくなったようである。曲の途中で止まってしまい。そこでオーディションが終わってしまったようである。

 直子は立っているのがやっとの状態で見ていても今にも倒れそうである。昨日手入れをした時には異常は無かったようで何故だか不思議なことが起こったようである。

 基本、同じパートの人間はオーディションの部屋には入れない規則であり、あくまでもその他のパートの人間が選ぶことがルールである。

「見せてごらんよ」百合が楽器に手を掛けると直子は楽器を百合に手渡した。

百合はトランペットのベルの部分を覗き込んで見たり回して何か異物が入っていないか確認した。

「楽器は何ともないよ直子」

 百合はオロオロする直子に背を向けて三番トリガーを抜き小さな物をそっと取出しポケットにしまい込んだ。周りに誰も見ていないか確認しながら……。

「直子何か吹き方も悪かったんじゃないの?」

「楽器は何ともないよ」

 少し落ち着いた直子が、わっと泣き出した

「最後のオーディションなのに、ユリとコンクールに出るはずだったのに」

 悲しくて悲しくて、直子はその場に泣き崩れた。

「ごめんね、ごめんね、私はダメだわ」

 泣きじゃくる直子の様子を見ていた百合は、オーディションの部屋から名前を呼ばれたのでオーディションに向かった。(これでわたしのものよ)

 トランペットパートのオーディションは二十三人とあって二日間行われた。


 直子はショックで立ち直る事が出来なかった。毎日夜遅くまで練習してオーディションに向かったがあんなアクシデントに襲われるなんて夢にも思わなかった。もう終わりだと思った。


 オーディションの後各パートリーダーで会議が行なわれた。レギュラーを発表する前に皆で意見を発表するのだ。

 部長から

「今年のコンクールはかなり苦戦しそうだ」

「情報によると今年は他の学校のレベルがかなり高く、指導者も沢山呼んでいる学校があるらしい」

「うちも、臨戦態勢に入るから、そのつもりで!」

「ダメな時はすぐメンバーは入れ替えるからそのつもりでいてください」

 厳しい話である。


 一週間後、オーディションの結果が張り出された。

 直子はしばらくショックで部活を休んでいたが百合はその結果を見上げた。


 桜組に 宮崎百合 の名前があった

 桜組にも水仙組にも直子の名前は無かった。

 補欠の所に 戸田直子と名前があった


 やった! 百合はこの学校に入って初めてのコンクールだ。目指していたものに一歩近づいた。(直子は邪魔だった)


 直子については、楽器のトラブルを考慮したそうだが、基本的に楽器の管理もテクニックの一つであるということでレギュラー入りは出来なかった。

 今回のオーディションでトランペットのパートはやはり出来のいい一年生が六人中三人を占めるという結果であった。百合は何とかレギュラーに選ばれたが後で聞いた話だと最下位だということだ、やはり今年の一年生の力には驚く。


 南條高校吹奏楽部は順調に支部大会まで勝ち進んだ。

 直子は何とか立ち直り、練習にも参加して休み部員の代吹き(代わりに吹く)やコンクールの楽器の運搬とかのお手伝いをしながら、マーチングや文化祭のコンサートの準備をしていた。傍目でコンクールの練習をしている百合を羨ましく思い切ない気持ちをずっと思っていたが補欠としての役割でメンバーと交代することは無かった。


 支部大会の表彰式で南條高校の名前が呼ばれ表彰状とトロフィーが代表者に渡された。金賞である。次に全国大会への切符である”代表”権を渡される式に移る。

 直子と百合は手をつないで目をつぶって発表を待った。心の中で祈った。

 全国大会に出られますようにと


 見事、南條高校は代表権を貰い全国大会出場へと繋がった。

部員は手を叩いて喜んだ抱き合い、涙するものもいた、顧問の先生もバンザイをしていた。一年の苦労が讃えられる一瞬である。

 

 表彰式が終わりそれぞれの学校は会場を引き揚げる時間となり、直子はレギュラーの楽器をまとめ楽器車に積み込む作業に入った、総勢六十人分の楽器を車に乗せるのも一苦労である。

「あらっ、楽器のケースのロックが開いてるわ、落ちちゃうじやない!」

 直子は一つのトランペットのケースに眼が行った。そう、ロックが開いているのは百合のトランペットのケースであった。急いでケースのロックをしようとしたら、拭き布が挟まっていて出来ず一旦ケースを開けた。一つの物が目に入った。

 その時直子は表情が凍りついた。ケースの中にあった物、それは小さな袋に入った赤い”BB弾”の弾である。直系一ミリ程度の丸い物体それが何を示すか理解に時間はかからなかった。

 あの時、オーディションの終わった時、楽器に異常があった時だ、確か百合が後ろ向きになって何かを取り出したような感じを思い出した。

 あの時は気が動転して気が付かなかった。百合に対して疑惑を持つようになった。


 コンクール支部大会の翌日、直子は好きだった森に音楽準備室に呼び出された。

 直子は告白されるのかと思いワクワクした思いで音楽準備室に入った。

「俺、見ちゃったんだ百合が……」

 直子は、まさかと思うと森は静かに語り始めた。

「トランペットのオーディションが始まる直前に直子お前トイレに行っただろ、その時百合がお前の楽器を持って準備室に入って来たんだ。なんか焦っていた感じがした。俺はティンパニのマレットを取りに来たんだ。そしたら百合はお前の抜き差し管を抜いて何か入れてたよ。俺しっかりと見たんだ、そしたら直ぐ百合は出て行ったよ、お前の楽器を返したんじゃないか? その後オーディションで何か楽器の異常でお前がオーディションを続けられなかったと聞いて驚いたよ」

「何を入れてた?」

「何か小さな丸いもの、そう赤い丸いものだった」

 直子の頭に衝撃が……。

 まさか、友達の百合が……。

 一緒にコンクールに出ようと言っていた百合が……。

 そして素知らぬふりをしてコンクールに出ていたなんて……。

 あのいかにも友情みたいな紙飛行機の手紙は何だったの?

 直子は百合を恨むようになった。それから暫く二人はあまり口を利かないし、一緒に帰宅することも無くなった。何回か部屋に紙飛行機が来ていたが、読まずに屑籠に粉々にして捨てていた。


 全国大会にバスで出発するコンクール部員を見送った直子はその足ですぐさま退部届を書いて職員室に行き、さっき出発したばかりの顧問の先生の机の上に置いた。

 理由は書かなかった。

 

 後に南條高校が八年連続全国大会金賞を受賞したとの知らせを受けて直子は本当に悲しくてやりきれない思いをした。

 もう音楽なんてやるもんか!

 百合、絶対に許さない!

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