第2話 小学生と紙飛行機
1975年秋 時は経済成長期真っ只中であった。
星城百貨店は冬物バーゲンの時期でもあり、毎日満員御礼で平日の日中であっても人混みが多かった。当時は店さえ開けていれば客はいくらでも入ってくれるご時世とあって、週に何回かお祭り広場で、人寄せのイベントを行っていた。近くに、”えびす屋”、”ニュー南武”と大きな百貨店もあったが、みな賑やかに集客を競っていたのである。当時はそれが当たり前のことであった。まさにイケイケ状態であった。
ある水曜日の午後、星城百貨店のお祭り広場ではピエロショーを行っていた。
学校はちょうど中間試験が終わった時期でお祭り広場は大人に混ざって学生達や子供達もたくさん集まってにぎわっていた。
ショーはパントマイムに始まり、ジャグリングと続いた。
高く飛ばされたピンを三つも四つも両手に代わる代わる受け取ったり、ピンの数がどんどん増えていくと会場は拍手喝采となった。
続いてバルーンアートが始まりカラフルな風船を幾つか組み合わせて、犬、キリン、自動車、自転車、ソフトクリームなどを作ってゆく、その手早い動作が滑稽で客は笑いの渦に巻き込まれた。ピエロはそれを持ち一輪車に乗り客に近づき配ってゆく。顔面を真っ白に塗りたくり、鼻には真っ赤な団子を付けて滑稽である。近くでピエロを見ると大汗をかいているのが分かる。よく見ると胸の膨らみから女性であるようだ。
次はシャボン玉芸である。小さなシャボン玉を口で作ったり、
ピエロは普通喋らない、無言で終始顔の表情だけで芸をする。
広場に女性のアナウンスが流れる。
『皆様、本日はご来店ありがとうございます。只今秋の大バーゲンセール開催中です、どうぞ店内でお買い物いただけますようにお願い申し上げます。只今よりお得なクーポン付きのチラシをお配りいたします。どうぞご活用ください』
ピエロはさも自分が言ったようなゼスチャーをする。
店員と思われる女性が五人ふと現れて近くのテーブルに置かれたチラシを幾つかつかみ取り客に手渡し始めた。店員達は子供達はさておき大人達にチラシを配っている、当然だ買い物は大人がするものだ、子供に配るのは、無駄というものだ。印刷代もばかにはならない、集客費用も効率的にしなければならない。
ピエロはチラシを三枚取り机の上で”紙飛行機”を折った。四~五回折って出来るやつである。それを一つ手に取り客に向かって飛ばす素振りをすると、”私に頂戴!”と言いたげな子供、生徒達が手を挙げて手を振っている。そこに向かって紙飛行機を飛ばした。
残りの二つのも同じ様に手を挙げている違う所へ飛ばした。
ピエロは深々と頭を下げてショーの終わりとばかりに手を振って愛嬌のある笑顔を振りまいて楽屋代わりの倉庫に消えていった。
幸運にもそのチラシの紙飛行機を受け取ったのは
であった。
千鶴は小学校四年生である。その日学校が終わってから、母のさおりが星城百貨店の地下食品売り場で五時までパートで働いているので、夕方一緒に買い物をして帰ろうと約束をしていたので、お祭り広場でピエロショーを見ながら時間をつぶしていた。さおりも秋も深くなるとあたりは暗くなり百貨店での待ち合わせの方が良いと考えたからである。
五時になるとさおりはお祭り広場にやって来た。急いで来たせいか上着は着替えをしているが頭にはまだ白い”ほうかぶり”を付けたままであった。
「お母さん!あたま、あたま」
千鶴がさおりの頭を指差し笑いながら言うと
「あっ、ごめんごめん急いで来たから外すの忘れてた! アハハ!」
「お母さんはあわてんぼさんだね」
「そうだね、じゃ買い物行こうか!」
「うん!行こ行こ」
千鶴は降ろしていたいたランドセルを背に担ぎさおりと仲良く腕を組んで歩き始めた。二人はさおりが働く地下食品売り場にエスカレーターで降りて行った。今日の夕食のおかずなどを幾つか買って家に帰って来た。
家に帰った千鶴はランドセルに入っていた教科書を出していた。
ふと見るとピエロが飛ばしてくれた紙飛行機が入っていることに気が付いた。そうだランドセルにいれたのだった。そのチラシで作った紙飛行機を母に見せようと持って行った。
「あら、なにこれ? 今日のチラシ? へー紙飛行機になってるの?」
「うん、今日のピエロショーでね、ピエロさんが私の所へ飛ばしてくれたの」「ぴよーんてね綺麗にとんできたの」
さおりは紙飛行機を広げてチラシの内容を見て
「そうか、そろそろ秋のバーゲンセールなのか」
チラシとは言え紙飛行機にして飛ばすなんて素敵な考えだな、とおもった。
「いろんな思いとかをお手紙に書いて紙飛行機にして飛ばすとロマンがあるかもね、千鶴も彼氏が出来たらラブレターを紙飛行機にして飛ばしたらどう?」
「やってみたいな!」
やはり子供は素直だ直ぐに関心を持つ。
翌日、千鶴は学校で隣の席で仲の良い同級生の
芸の事とチラシの紙飛行機の事をである。須美は
「私もピエロ見たかったなー」
「今度誘ってよ」
「わかった、来月もあるらしいからその時誘うね」
千鶴と須美はいつもどうり仲良く笑い声を上げながらはしゃぎ、休み時間やお昼休みをすごしていた。
午後の授業の時に須美は隣の千鶴から紙飛行機が飛んで来たのに気が付いた。先生に気づかれないように飛ばしたのだろう、顔は前を向いている。
須美はそーっと先生に気づかれないように紙飛行機を開いてみた。文字が書いてあった。
千鶴は母のアイデアを実践してみたのである。
――手紙を紙飛行機に――
紙飛行機を開くと千鶴からの手紙だった
【すみちゃんへ】
【きのうのテレビなにみたの?】
【わたしは”ヒットスタジオ”みたわよ】
【ごうひろみ わたしすきよ】
【すみちゃんはだれがすき?】
【ちずるより】
須美はニヤリと笑い千鶴の方を見て笑顔を見せた。
須美もノートをそーっと音がしないようにちぎり言葉を書いて紙飛行機を折り、隣の千鶴の机に向かって先生に気づかれないように飛ばした。
千鶴は紙飛行機を広げて中に何が書いてあるか見てみた。
【ちずちゃんへ】
【わたしも”ヒットスタジオ”みたわ】
【わたしはおとこよりおんなのかしゅがすきよ】
【おおたひろみがすき】
【すみより】
その日はその紙飛行機一通のやり取りだった。
二人共何故かウキウキする気分になり次の日は何通か授業中に紙飛行機を飛ばすようになった。先生に気づかれないように。楽しい。
放課後二人は校庭の鉄棒で逆上がりをして遊んでいた。
「ねえ、すみちゃん、今度紙飛行機お家に飛ばしてもいい?」
「学校じゃ見つからないようにスリルがあるけど、見つかったらきっと𠮟られるとおもうの」
「いいわよ、私の部屋の窓の鍵をいつも空けとくわ、ちずちゃんも部屋の窓の鍵も空けといてね」
「わかったー」
その頃の住宅は
翌日千鶴は学校から帰ってきて直ぐに手紙を書いて、それを紙飛行機に折った。それを大事に持って須美の家に行った。
須美の家は千鶴の家から約五分で着く、通りを歩いて一つ角を曲がってすぐ右手にある。勝手口を少し奥に入れば須美の部屋にあたる。以前遊びに行った事があるから良くわかる。
須美の部屋の窓にたどり着くと少し窓が開いていた事をみると、須美が開けていてくれたようだ。
千鶴は持ってきた紙飛行機をそーっと投げ入れた。
中からは何も物音が聞こえなかったが誰かに見られると怒られると思い千鶴はすぐその場を立ち去った。
須美は、いつも仕事に行っているお母さんが帰るまで近くに住むおばあちゃんの所にいる。今日も夕方お母さんが迎えに来てくれて家に帰って来た。そして部屋に入ると千鶴からの紙飛行機を見つけた。
【すみちゃんへ】
【きょう、カックラキン大放送あるよすみちゃんみるかな?】
【ゴロちゃん、おもしろいよね、】
【きのう、おかあさんがえきまえのおかしやさんでおおばんやきを】
【かってきてくれたの、とってもあまくておいしかったわ】
【すみちゃんはどんなおとこの子がすきなの?】
【こっそり、おしえて、】
【わたしにも、紙飛行機とばしてね】
【ちずるより】
須美はお母さんに見られないようにコッソリと中を見ると、そっと本棚にかくした、そして須美も千鶴に返事を書いた。
【ちずちゃんへ】
【カックラキン大放送、わたしもみるわ】
【ゴロちゃんやなおこ、おもしろいね】
【きょうは、ピンクレディーがでるからぜったいみるよ】
【わたしも、おおばんやきたべたいなー】
【うちは、あまりおかしかってくれないの】
【どんなあじか、あしたがっこうでおしえてね】
【すきなおとこの子は……ないしょ】
【でも、このあいだてんこうしてきた、あきおちゃんっていいなっておもうの、やきゅうがじょうずで、うたもじょうずで、かっこいいな】
【ないしょよ】
【すみより】
須美は夕食のあと銭湯へ行く時に千鶴の家により、千鶴と同じように千鶴の部屋に紙飛行機をそっと投げ入れた。
紙飛行機を受け取った千鶴は紙飛行機を広げて文面を読み、楽しい反面一箇所嫉妬心が湧いた。
”あきおちゃん”
明夫は最近転校してきた男の子で、スポーツ万能で歌が上手く、勉強もよくできた。クラスの人気者で女の子は皆憧れる存在であった。もちろん千鶴も憧れていた、というか熱烈に”好き”だった。
二人の紙飛行機の文通は何回となく続いた。
二人は紙飛行機の会話の中でよく明夫の事が話題になった。
【ちずちゃんへ】
【きのうの、ヒットスタジオよかったね】
【キャンディーズよかったね、こんどふたりでふりつけしながらうたおうね】
【きょうね、おひるやすみにあきおちゃんといっしょに、あひるをみにいったの】
【あきおちゃんもどうぶつがすきみたい】
【こんどいっしょにどうぶつえんにいきたいねっておはなししたわ】
【あきおちゃんって、てつぼうもじょうずなの、きょうみせてくれたわ】
【あしたは、あきおちゃんとおんがくのじかんに、いっしょにリコーダーをふくの】
【きょうは、れんしゅうします】
【すみより】
千鶴も返信した
【すみちゃんへ】
【こんど、いっしょにキャンディーズをふりつけしながらうたおうね】
【がっこうで、れんしゅうしようよ】
【わたし、”やさしいあくま”がいいわ】
【そういえば、あきおちゃんはすみちゃんのまえのせきよね】
【ちかくていいね】
【もしかしてすみちゃん、あきおちゃんをすきなんでしょ】
【こんど、デートしてみたら?】
【ちずるより】
須美から来た。
【ちずちゃんへ】
【うん、がっこうでキャンディーズれんしゅうしようね】
【こんどのぶんかさいでステージでうたいたいわ】
【あきおちゃんのこと、すきだなんてはずかしいわ、だれにもいわないで】
【ほんとうは、すきなの】
【ふたりっきりで、デートしたい】
【すみより】
続いて
【すみちゃんへ】
【きのう、ピンクレディーのしんきょくきいた?ゆーほーだって】
【うたもいいしふりつけもよさそうよ】
【ゆーほーもれんしゅうしようよ】
【へー、すみちゃんはやっぱりあきおちゃんのことすきだったんだ】
【こんど、あきおちゃんにすみちゃんのことどうおもっているかきいてみてあげようか?】
【もしかして、あきおちゃんもすみちゃんのことすきかも……】
【ちずより】
【ちずちゃんへ】
【いやーん、はずかしー】
【あきおちゃんにそんなこときかないでー】
【おねがいだから、そっとしといて】
【すみより】
本当に楽しそうな二人だったが……。
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