第183話 スキァーヴィ 誓い

 スキァーヴィ視点。



 私はあの日──、全てを失った。

 フリーゼに敗れた私、セファリールによって救われたものの、あの敗北によって、私の権威は地の底にまで失墜。


 裸の王様となり、誰も私についてくれる人はいなくなった。

 今、フードをかぶり、姿がわからないよう変装している。



 今いるのは、街の大聖堂の一番上の階。そこから街を見下ろす。


 見下ろした先では、自分という重しがいなくなり、荒廃の様相を見せ始めた街の姿。

 規律が乱れ、市民たちを襲う兵士に、略奪を繰り広げるスラム街の民。


 私は、思わずつぶやいた。


「まるで、私が生まれた時みたいね」



 かつてはこの街、ローデシアは自由都市とも呼ばれていた。


 自由都市。一見すると何をしても許される、理想の街のようなものを思い浮かべるかもしれない。


 しかし実態は、金と暴力が支配する無法地帯。

 街はまるでスラム街のように治安が悪く、暴力や薬物など不正が当たり前のようにはびこっている。


 治安を守る役目がある兵士たちも、賄賂がなければ動いてくれない。


 スキァーヴィの両親も、語っていた。


「善い行いをして入れば、必ず帰ってくると。だから清く正しくあれ」


 ──と。今思うと、笑いものよね……。



 そんなはかない希望は、簡単に吹き飛び、散った。


 二人のことをよく思わないやつらが、二人のことを だと言って連行誰され、拷問の果てに亡くなった。

 話によると、通報したのは不正取引などで利益を得ている商人で、いつも清貧に徹する両親を嫌っていた。

 商売の邪魔になるからと──。

 ああいうやつらは邪魔だからいない方がいい、たったそれだけのことで、両親は命を落としたのだ。



 そして理解した。この世のすべては、力なのだと。

 力なき正義や、新年など何の役にも立たないのだと。


 それ以来、彼女はのし上がった。

 並みいる国内の勢力を倒し、この国の頂点へ。




「恐怖の中の平和」


 それが、私の政権下を一言で表した言葉。

 私が圧制を繰り広げる間、犯罪率、治安、兵士たちの士気全てにおいて向上させることに成功した。

 当然だ、犯罪を犯せば、死刑、または奴隷同然の厳しい刑罰が待っているのだから。


 人々は、犯罪に怯えず暮らせるようになった。

 これが、正しいの──。




 そう言い聞かせた後、ローブ姿のまま街を歩く。

 自分の姿を見ても誰一人動じないというのは、身を隠しているので当たり前とはいえ新鮮な気分だ。


 いつもであれば私の姿を見た市民たちは体を震えさせ、よそよそしく早足でこの場を去って行くものだったから。


 道端にはゴミが散らかり、どこからか男の人の怒号が聞こえる。


 そんな中で、背後から誰かが話しかけてきた。


「スキァーヴィ様でしょ」


 振り向くとそこには小さな男の子。


「どうして、そう言えるの?」


「隠れていても、わかるもん。強くて、かっこよくて、守ってくれるすごい人」


「……それはありがとう」


 言いずらそうに言葉を返す。そんなふうに言われるなんて、想像してなかったから……。

 小さい男の子が、困り果てた姿で語り掛ける。


「スキァーヴィ様、最近街がおかしいの」


「街が、おかしい? 何があったの?」


 スキァーヴィはその言葉に表情を変え、食いつく。

 子供は、困り果てた表情で答えた。再び治安が悪化してきているというのだ。


 特に夜の時間になると、女性や子供は一人で歩くことができないほどになっているらしい。

 その光景に、スラム街の人たちは困惑。心配になっていたのだ。

 再び、以前のような無法地帯になってしまうのだろうのかと──。


「ねえねえ。私怖い。悪い人がうろついて、街が壊されるの。スキァーヴィ様。助けて──」


 スキァーヴィの目から、涙があふれだした。そして、あふれる涙が目から留まらなかった。

 助けてあげたい。けれど、今の自分にそんな力はない。


「あとね。街の兵士の人が、言ってたの。スキァーヴィ様は本当は悪い奴だって」


 私は、どう返せばいいかわからず戸惑ってしまう。

 正論だ。どのような理由があれ、自分がこの国で、様々な悪行に手を出したことに変わりはないのだから。



「スキァーヴィ様。本当は、悪い人なんかじゃないよね──」


 子供は、悲しそうな表情で涙目になりスキァーヴィに訴える。


「その……、私は──」


 罪悪感で胸がいっぱいで、押しつぶされそうになる。


 今の私は、偽りの身。 スワニーゼによって、傀儡になり そしてその権力さえも、すでに手のひらから零れ落ちそうになっている始末。


 ここで「うん」とうなずいても、それを約束できる保証なんてない。

 けれど──。


「うん。ちょっと待っててね」

 スキァーヴィは身をかがめ、子供に視線を合わせる。そして、子供の頭を優しくなでる。


「わぁーい。ありがとう。私、スキァーヴィ様のこと信じているね」


 子供の表情が明るくなり、にっこりとした笑みがこぼれる。


「ごめんね。大丈夫だから。私が、何とかするから──」


「信じてるよ。スキァーヴィ様。私、応援しているから」


 そして子供は「バイバイ」と大きく手を振ってこの場を去っていく。

 その表情はスキァーヴィのもとに来た時と違い、希望を見つけたような笑みにあふれていた。


「私、やっぱり戦う。どんな結論になったとしても、たとえどんな結果が私に降り注いだとしても──。」


 たとえどんな理由があったとしても、傀儡だったとしても、自分自身の言葉で命令をしていたことに変わりはない。


 人々を繰り占める命令、大量の命を奪った命令。この世界を、


 だから、私にはそれを止める義務がある。

 自分が開いた幕は、自分自身で閉じる。

 そこにどんな困難が待ち受けていようとも。



 そう決意し、拳を強く握った時、正面に二人の人物が現れた。


「スキァーヴィ様……でよね」


「そうだけど、何?」


 二人の女冒険者、出会ったことはない。


「私はミュア、隣がキルコです」


「よろしくお願いします。話はフライ達から聞きました」


 フライ──、ああこいつらも彼のハーレム要因ってこと?

 けげんな表情で二人を見つめていると、黒髪の方ミュアが話しかけてきた。


「スキァーヴィ様。お話があります──」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る