第165話 アドナ「最期」の戦いへ
ア ド ナ 視 点 。
ろうそくの火だけが明かりをともす薄暗い部屋。
ここに来るとき、階段を下ってきたのだから、恐らく地下なのだろう。
木でできた薄汚い部屋の中。
錆びの浮いた鉄の扉。
扉は鎖でつながれ、中からは出られない。
部屋の中にはボロボロの布団と机。
トイレは部屋の隅にある。
独房という名前がふさわしい。
首には奴隷の首輪。おまけに俺の両手は鎖で縛られ、満足に動くことはできない。
服は与えられていない。裸。
あの日。フライに敗れた俺は借金を背負ってしまった。
さらにギルドであまりの理不尽さに大暴れして器物を破壊してしまったため、その分の賠償も請求されてしまったのだ。
無一文同然だった俺。借りた金が返せず奴隷となってしまった。そして、このローデシア王国に変われ、ここで暮らしている。
なんでこの、もとSランクの俺様が、こんな仕打ちを受けなければいけないのだ。
全部フライのせいだ。あのゴミ野郎のせいで、あのゴミ野郎のせいで──
俺がいないと何もできない雑魚のくせに、まぐれで成り上がりやがって……。こんなの、絶対どうかしている。
握りこぶしを強く握り、脳内で叫ぶ。
それだけじゃない。みんな俺のことを見くびっている。
クソ野郎どものくせに、俺のことを何で認めてくれないんだ。俺は最強なんだ。最強なんだ。
俺が奴隷になったのは、俺が悪いんじゃない。俺を認めてくれない、周囲が悪いんだ。クソが──。クソが──、クソガァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!
全員絶対に復讐して、跪かせてやる。
俺は強く誓った。
全員見返して、俺の強さを見せつけてやると──。
その時。
キィィィィィィ──。
鉄の扉が開く音。
そろそろ食事の時間か。
と思ったが入ってきたのはいつもの兵士の人ではない。大きな皿を持って、一人の人物が出て来た。
赤髪のロングヘア。胸元がぱっくり開いた豪華そうなドレスで、釣り目の女。確かこいつ──。
「スキァーヴィ──だったな」
俺が売られた先、ローデシア帝国の最高指導者。
首を少しだけ傾げ、にやりと笑みを浮かべている。俺は、彼女の大きな胸に視線を置く。
「あなたがアドナさんね」
「なんだ。笑いに来たのか?」
「まあまあ、お腹空いたでしょう。エサでも飲みながら、話を聞いて」
そう言うとスキァーヴィはことっと大きな皿を俺の目の前に出す。
木でできた大きな皿。そこには一面にミルクが入っていた。
意味が分からず一度見上げると、スキァーヴィはにっこりと笑みを作り、言い放つ。
「犬にはぴったりの食事でしょう? めしあがれ」
その一言から強い殺気を感じ、背中に怖気が走る。
逆らったら何をされるかわからないという恐怖が俺の心の中を包む。
「犬? 私の愛情がこもった食事が、食べられないの?」
「い、いただかせていただきます」
今の言葉、優しい物言いの中に、ただならぬ殺気。背筋が凍り付いた。逆らえる気がしない。
両手が使えない俺は膝を屈したまま口をミルクの入った皿に近づける。
そしてミルクの前で舌を出し、びちゃびちゃという音を出しながら舌を使ってミルクを口の中に入れていく。
まるで犬に餌を与えるときのようだ。
クソッ──、許さんぞ──クソ女、クソフライ!
「犬。ミルクを飲みながら聞きなさい。フライってやつがローデシアに来るらしいわ」
フライ──。その名前を聞いて思わずミルクを飲むのをやめてしまう。 俺がここまで落ちた元凶。こいつのせいで俺は、俺は──ぐほっ!
「飲みながら聞きなさいって言ったでしょう。話が聞けない犬ね!」
スキァーヴィは俺の頭に足をのっけたと思うと、そのままミルクの入った皿に顔を押し付けたのだ。
ミルクが鼻に入り、苦しい。
そんなことはつゆ知らずスキァーヴィは俺の頭を転がすように回したり、上下に動かしたりしている。
まるで俺の頭をボールにして遊んでいるかのように。
すぐにスキァーヴィは俺の頭を横に足で横に動かし息ができるようになった。
そのままスキァーヴィは俺の頭を足でグリグリと押し付ける。
「あんた、フライに恨みがあるそうね……」
フライ──その名を聞いただけで、俺の体が怒りに震える。
当然だ。俺をこの地位まで陥れた元凶。
俺はコクリとうなづく。当然だ、全部あいつのせいなんだ。
何度殺しても、恨みが晴れることはないだろう。
「犬。チャンスをあげるわ。協力して頂戴。あいつらを、抹殺するために……」
その言葉に俺は思わずピクリと体を動かした。もう一度コクリとうなづく。
「犬。ありがとね、これから、私の犬としてしっかり働きなさい。もし抹殺したら、その奴隷の首輪──外してあげるわ」
「──わかった。協力しよう」
……好都合だ。俺が本気を出せば、あんなクソザコ野郎など、楽勝だ。おまけにそれでこの忌々しい奴隷の輪を外せるなど、好都合この上ない。
フライめ──今度こそ俺は本気を出す。そして、絶対に倒す!
本気でお前に挑んで、絶対に跪かせてやる。
そして俺の、フライへの最期の復讐劇が始まった。
これが、彼の運命を決めることになるとは、この時はまだ知らなかった。
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