第163話 ステファヌアの体験

 ステファヌアの言葉に、クリムが指をはじいて思い出す。



「ああ、もぬけの殻になっていた部屋に、ローデシア帝国で使われている言葉のメモがあったことね」


 ローデシア帝国。確か、スキァーヴィ・ルミナスが実質的に国を支配している帝国。

 赤い髪の女性。冷酷で、目的のためなら手段を選ばない「冷徹の魔女」と呼ばれていた。


 そして、フリーゼたちが精霊であることを知っている。


 確実に、何かある。


 そしてメイルが、真剣な表情で話す。


「ローデシア帝国も言葉のメモに、落ちていたペンはローデシア政府で使われているものだった。恐らく、何らかのつながりがあると思われます」


「──ありがとう、メイル。いい情報だったよ」


「それでは、一緒に行きましょう。私達で──」


 フリーゼの言葉に、俺もレディナ達も思わず拳に力が入る。

 すると、ステファヌアがコーヒーを一口のみこんだ後、両手を組んである提案をしてきた。


「待ってください。あの国に対しては、私達もいろいろと情報を握ってまして──」


 彼女が言うには、ローデシア帝国とは国交や信者を通して交流をした結果、内情が少しわかるらしい。


「ただ全員で行くより、いい潜入の仕方があります」


「それは、何フィッシュか?」


 そしてステファヌアはフッと微笑を浮かべ、俺たちに顔を近づける。


 ひそひそといった感じで周りに聞こえないような声でその作戦を伝えた。


 その内容に、俺達は騒然となる。


「私と、フライさんが、夫婦役???」


 フリーゼが顔を真っ赤にして両手で口を押えた。

 そう、ステファヌアが言い放った作戦は、俺とフリーゼが夫婦の商人となり、ローデシア帝国に乗り込むということだ。


 何でも先日。とある商人夫婦が違法な薬物の取引をして逮捕された。

 その商人夫婦はローデシアの闇市の参加証を持っていたという。


「その商人の役をして、そこに潜入するのが一番可能性が高いと思われます」


「証言だけど、そこで、違法な薬を奴隷に与えて、戦わせているって情報が入っているわ」


 クリムの言葉に俺は一つの秘薬を思い出す。

 秘薬ニクトリス。トランがそれを知らずに力を受け取り、代償として肉体が消滅したあれ。


 確証はないけれど、他に頼れる情報なんてない。


「わかりました。一緒に行きます」


「了解です」


 それから、ローデシアへの潜入の仕方や情報などの説明を受ける。

 どうやら俺とフリーゼ。レディナとレシア、ハリーセルに分けて潜入するらしい。





 そしてしばらくすると話が終わる。この話がひとまず片付いて、一端物静かな雰囲気になった。

 差し出されたコーヒーを飲み干し、コンと机に置くと、ステファヌアさんの方を向く。


「ステファヌアさんに、聞きたかったことがあります」


「な、何でしょうか……」


 どこか戸惑いを見せるステファヌアに、俺は真剣な表情で聞く。


「ステファヌアさん。いままで天使たちにあったことってありますか?」


「どうして、そんなことを聞くのですか?」


「ステファヌアさん、今まで他の人と違うものを感じました。いろいろとすごくて、完ぺきで。その理由が聞きたくて──」


 その言葉に少しの間この場が静かになる。


 そしてステファヌアはどこか落ち着いた表情になり、コトッとコーヒーカップを机に置く。

 軽くオホンと咳をして話し始めた。


「さすがですね。フライさん」


「ありがとうございます」


「私は、もっと若かった頃、クリムやメイルを見つけたときは、もっと純粋でした。一般信者の様に祈り、天使たちを信じていました」


「はい。昔は、ここまでしたたかではなかったですね」


「クリムの通りです。そして遺跡を探索していた時、私は出会いました──。そう、大天使ツァルキール様と」


 その言葉にこの場の雰囲気ががらりと変わる。


「えっ、出会ったんですか? ツァルキール様と──」


 フリーゼが思わず立ち上がって、ステファヌアを見る。


「はい。ツァルキール様は、優しい表情で私に向かって手を伸ばします。私は、その手をぎゅっとつかみました。そして──」


 そこからのステファヌアの言葉に、ここにいる全員が釘付けになる。


「その柔らかく、白い手を握った瞬間。目の前が真っ白になり、全く別の世界が現れました──。人々が全くいない廃墟の世界。燃え盛る炎の中、争い合う世界。皆が必死になって『助けて、助けて』と叫んでいたことは今でも記憶に残っています」


「それで、ツァルキール様はどうしていたの?」


 レディナの質問に、


「ただ、もの悲しそうな表情で見つめていました」


 ステファヌアによると、この映像は、ツァルキールがすでに目の当たりにした光景で、もうこの結果を変えることはできないらしい。


「そして、その映像が途切れ、真っ白な空間になると、ツァルキールは私の方を向き、真剣な表情で私の両手を握りながら話しました。『人が私欲に走りすぎた結果。もう、こんな光景を見たくはない。力を貸してほしい』と──」


 ステファヌアは言った。それから、自分という存在が変わった。ただ祈る存在ではなく、周囲を理解し、駆け引きを行い、裏社会ともかかわるようになった。


 ただきれいごとを言うだけでは何も変わらない。

 そこに裏付けする強さが必要なのだと理解した。


 そして気が付いたら今の地位にいるのだと。


「すごい、体験をしたのですね」



「そう、いわゆる──『アヘ体験』というやつです」


 アへ──体験?

 真顔で言い放つステファヌアに、思わず困惑してしまう。

 周りも、互いに顔を合わせ、変な雰囲気になっている。


「アへ体験? どんな体験でフィッシュか? 私も体験したいでフィッシュ!」


 なんていうか、こんな時に変な言い間違えるのも、彼女らしいというか──。

 さっきまでのシリアスな雰囲気が、どこかに吹き飛んでしまった。


「ステファヌアさん。それ……『アハ体験』です」


 レディナが髪を撫でながら、言いずらそうに言葉を返す。

 ナイス訂正だ、レディナ。


 ステファヌアは顔を真っ赤にし、両手で口を覆った。


「も、申し訳ありません。私としたことが、とんだ言い間違いを──」


「もう、変なところで抜けてるんだからステフは……」


 クリムの言葉で、この場の雰囲気がどこか明るくなる。


「オホン。まあ、そんな体験で、今の私があるわけです」


 けれど、これで彼女の本質が理解できた。

 ステファヌアにステフ、メイルがいればこの街は安心だと感じる。


 それからも、俺達はしばらくの間、たわいもない話を談笑し、この部屋を出て彼女たちと別れる。



「みんな、またどこかで会おうね」


「そうね。またいつか会いましょう」


そう言葉を交わして──。




 次の目的地が決まった。



 いわくつきの女、スキァーヴィのいるローデシア帝国。


 それも今までとは違い、二手に分かれて。俺はフリーゼとまさかの夫婦役。

 いまままでとは違った大変さが、この後にはまっているだろう。


 けれど、みんなの力があれば大丈夫。



 これからも、力を合わせて乗り越えていこう。




☆   ☆   ☆


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