第153話 唯一王 大苦戦

 そして、もう一つの可能性が脳裏に浮かぶ。

 もしそうだとすれば、非常に厄介で俺の勝機が相当薄れてしまう。


 最悪ともいえる可能性。


「さあ、お前の処刑ショーの始まりだぁぁぁぁ!!」


 だが、敵がそれを考えている間など、与えるわけがない。

 トランは、魔力を込めて俺の剣を押し返す。


 その威力は今までにないくらい強力で、片腕だけで俺の体が吹き飛ばされてしまう。


 何とか着地するが、そこは俺の剣が届かない場所。

 同時に、トランの剣の間合いの外でもあった。一度仕切り直しか……、と思ったその時。


「ウォラァァァァァァァァァァァッ──」


 トランがいきなり俺に向かって剣を振りかざす。その長さでは、俺に剣は届かない──はずだったのだが?


 トランの剣がまるで蛇の様にうねうねと伸び、こっちに向かってきたのだ。

 反射的に伸びた剣を何とかはじくものの、トランの攻撃は一回では終わらない。


 伸ばした剣を素早く引き戻すと、まるでしなる鞭の様に俺の方へと攻撃を繰り出す。


 今の俺ではトランの間合いに入れない。早く間合いに入らないと。

 その間にもトランは攻撃を仕掛けてくる。力任せの攻撃に、俺の腕が軋む。


 一気に前へと突っ込んでいくトラン。





 ただ感情任せに突っ込んでくるイノシシと一緒だ。これなら大丈夫。



 完ぺきなタイミング──だったはずだった。



 そして俺が返しの攻撃をしようとした瞬間、トランの姿が目の前から消失する。


 ど、どういうことだ?

 何故このタイミングで消えるのか、全く理解できない。



 本当に、トランはこの場から煙の様に消滅してしまったのだろうか。

 その瞬間、俺の心臓が高まり……。


 危ない──、よけろ、よけろ──。


 下だ!


 俺の第六感がそう叫ぶ。すぐに地面に平行になるくらい身体を寝かせ、





 かなりきわどい防御だ。

 後一瞬でもタイミングが遅かったら、トランの剣が俺の心臓を貫いていただろう。



 動揺する俺。


 俺はさっき以上に大きく身の危険を感じ、なりふり構わず体を後方に投げる。

 次の瞬間、俺がいた場所にトランの一撃が迸る。


 とっさに身を投げたため、体勢が崩れて倒れそうになるが、何とかこらえて体勢を立て直す。


「ほう、今の攻撃をかわすとは、やるじゃねぇか」


「トラン。今のでわかったよ、お前の強さの秘密が」



 一番最初のカウンター、決まったと思った瞬間、ありえないタイミングで回避された。

 その時から俺の頭のよぎっていた。


 トランが手に入れた力、それは──。


「トラン。お前、反射速度が上がっているだろう」


「なんでそう考えた──」


「どう考えてもあり得ない体制や位置からの回避、その場から瞬時に消え、全く違う場所からの奇襲。いくら魔力で身体機能を上げても人間である以上反応には限界がある。さっきのお前には、完全にそれを越えていた」



 トランのどこか自信にあふれた顔。正解といっていいだろう。しかし、これは厄介だ。

 正体がわかったところでどうにかできるものではないからだ。



 ただ魔力が上がったならやり手はある。人間である以上、どこかにかならずスキはできる。 そこをつけば、勝機は作れる。しかし、今回は違う。どれだけスキがあっても、それを力づくで押し潰してしまうのだ。


 こいつの戦いに駆け引きや戦術などは存在しない。

 あるのは本能むき出しの力と暴力。それだけ。


 しかし、トランはたったそれだけで、俺を越えることができる。


 どれだけ駆け引きで勝利することができても、トランはそれを見てから対処できる。

 どれだけ感情任せで雑な切り込みでも、トランは相手のガードを交わして切り込む位置を決められる。


 まるで後だしじゃんけんの様な強さ。それを持っているのが今のトランだ。

 するとトランはにやりと表情を変える。


「ほう、やるじゃねぇかフライ。大したもんだぜ、今のやり取りでそれを看破したとはな──」


「誉め言葉、ありがとう」


「だがよぉ。それがわかったところでお前に何ができるんだぁ? せいぜい苦し紛れの回避や防御だけだろぉ。そんなんじゃ、俺に傷一つ与えられないぜぇ」



 トランの舌を舐めずりしながらの言葉。

 確かにその通りだ。


「じゃあ、お前の最後の悪あがき、見せてもらうぜぇぇぇぇぇぇ」



 そしてトラン、再び俺へと襲い掛かってくる。


 むき出しの殺意、圧倒的な力の差何とか食らいついていく


「どうしたぁ。さっきから逃げ腰じゃねぇか!! さっさと諦めたらどうだァ」


 そんな安い挑発。聞いてなどいられない。

 ガードを緩めた時点で、トランの攻撃をもろに受け、俺の体はズタズタになってしまうだろう。


 トランの攻撃に対して、後ろに身を投げ、攻撃をかわしていく。


 しかし完全にかわすことはできず、ところどころ傷を負ってしまう。



 いままでとは違う。活路も、勝機も、全く見えない。

 どんな奇襲をしても、駆け引きに勝っても、今のトランにとっては無意味。



 圧倒的な力の前に、ただねじふせられるだけ。

 俺の体は、次々に傷を負っていく。


「おいおい、逃げてばかりじゃねぇかぁ?? もうあきらめちまえよぉ!!」


「ふざけるな」


「へっ、無駄な努力ご苦労様。じゃあ、なぶり殺しにさせてもらおう!」


 トランの安っぽい挑発にも俺は動じない。

 勝機がなくたって、そんな選択をするつもりなんてない。



 フリーゼだって、レディナだって、傷つきながらも、最後まで戦ってきた。

 いつも華々しい活躍ばかりじゃない。苦しい戦いを強いられる時もあった。


 それでも、みんな最後は勝ってきた。

 それなのに、肝心の俺があきらめるなんて間違ってる──。


 

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