第142話 唯一王 トランに最後の忠告をする

「そこまで怒るなよ。なぁ~~に、ちょいと認識を変えて洗脳を施しただけさ」


「そうです。クリムは精霊の中でもかなりの実力の持ち主、正面から戦うのは手間なので、奇策を用意しました」


「洗脳系、それはあり得ません!」


 フリーゼがそれに対して真っ向から反論した。


「人の心なんて、簡単に洗脳をしたり、認識を変えるなんてできません。そんなことが簡単に出来たら、この社会は崩壊します」


「ああ、こいつは洗脳系といっても、何でもできるわけではない。限界がある」


 そしてゼリエル、意気揚々とその力について語り始める。


「フリーゼの様な、冷静でどんな時でも自分を失わないやつには、効果はありません。効果があるのは感情的で、イノシシの様に単純な奴──。そう、そこの感情一番のお子様みたいにね──」



「なるほどな、対クリム用に特化した作戦ということか」


「ああ、ウェレンにはこいつがいるってすでに知っていた。こいつを真正面から突破するのは少々骨だからな。変化球ってわけだ」


 自慢げに語るタミエル。なるほど、こっちの対策も行ってきたということか。


「おいおいおい。てめぇら、何苦戦したんだよ。そんな奴ら、早くぶっ殺せよ!」


「そうじゃそうじゃ。お前達にどれだけ金をかけていると思っている。早くぶっころさんかぁ!!」


 王子のジロンと国王のケイルが空気を読まずに、ゼリエルを指さし叫んだ。


「まて、俺達が相手をする。ゼリエル達を刺激するな!」


「あなたごときで、私達に勝てると思っているのですか? 身の程を教えてあげましょう」


 そしてそんな会話にトランが割り込んできた。トランはゼリエルを遮るように手を出し、一歩前へ。


「待て、お前たちは手を出すな。こいつは、俺がぶっ殺してやる──」


 ニヤリと笑うトラン。その笑みの中に、俺への殺気や怒りの感情がにじみ出ているのがよくわかった。


「なるほど。俺が標的か──わかった、相手をしよう」


 トランの戦い方や強さは以前のクエストで見たことがある。

 確かに強いけれど、俺だって以前より強くなった。


 今の俺なら、戦えないことはない。

 フリーゼだって、ゼリエル達との相手をしなければいけない以上、俺がやるしかない。


「わかりましたトラン。私達は、遺跡の奥へ行きます。貴方は、フライをお願いします」


 するとトランはポケットから何かを取り出し、俺に見せびらかしてきた。



「俺様はな、与えられたんだ、こいつをぶっ殺すために──。こ~~んな秘密兵器をよぉ!」

 それは、白く半透明な袋に入った白い粉。

 見るからに危なそうな粉だと感じた。


「このニクトリスで。俺は最強になる──。刮目せよ」


 その言葉に、フリーゼがピクリと体を動かした。


「フリーゼ、知っているのか?」


 フリーゼは表情を険しくさせ、答える。


「秘薬ニトクリス……。私達に伝わる、ドーピングの様一時的に強大な魔力を与える薬です。もちろん、代償はありますが──」


「人間が使ったら?」


「わかりません。しかし、天使や精霊でさえ副作用として長時間寝たきりになったり倒れこんでしまう代物。それよりも弱い人間が使ったら、肉体が崩壊する可能性すらあります──」


 その言葉に俺、すぐにトランに向かって叫んだ。


「まて、その薬は危険だ!!」


「彼に勝つためなら、正々堂々強くなって勝てばいいんです。その薬は禁断の薬なの。そんな一時の感情のために口にしていいものではありません」


 ニトクリスの事を知っているフリーゼも、必死になってトランを説得。しかし──。


「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!! お前たち見てぇなまぐれで成り上がっただけのゴミ野郎に、俺の何がわかる!」


「こんなことしなくたって、お前はSランクになった強さがあった。だからその力を使うのをやめろ!」


「うるっせぇぇ。お前のせいでその地位を分捕られたんだ。お前に、復讐してやるんだよ!」


 そして俺たちの叫びもむなしくトランは言うことを聞かない。


 袋ごと、その薬を口に入れ、すぐに飲み込んだ。


「これで、俺は最強だァァァァァァァァッッッ!!」


 その瞬間、トランの肉体が大きく変化し始める。

 まず体全体が一回り大きくなる。


 全身の筋肉が大きく膨れ上がり、服が破けた。肉体は肌色から真っ黒へと変色。

 そして、全身を包むように灰色の魔力を伴った光が生じ始めた。



 外見だけで圧倒的な力を持っているのがわかる。

 そしてオーラから発せられる魔力は、今までのトランの物よりもはるかに強かった。


「さあ、お前をぶっ殺す!」


 そして俺が戦おうと、剣を構えた時、それに水を差す様に誰かが話し始めた。


「俺たちは助けてくれるんだよな。だって、無関係なんだからよぉ」


 ジロンとケイルだ。二人とも、恐怖のあまり体をびくびくと震わせ、身を寄せ合っている。


「無関係? 知らねぇよ」


「冗談じゃねぇよ。なんて俺たちが殺されなきゃいけないんだよ。俺達だけでも助けてくれよ!!」


「そうじゃそうじゃそうじゃ!! 殺すだけならフライとかいうやつだけでもよかろう。なんならそこのメイドと冒険者もやるぞい。じゃから、わしらだけは助けろ、このはぐれ物!!」



 二人の無茶苦茶な言葉。その瞬間、トランはピクリと額を動かし、視線を二人の方へと向けた。


「ああん?」


「二人とも、トランを刺激するのはやめろ!」

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