第10話 ご近所一武道会その2
「こういう時はどっちを応援すれば良いのか悩みますわ……」
「どっちも応援すればええじゃろうに。と言うか特等席のミューラッカがバルケを見た瞬間から切れそうなんじゃが、公爵……大丈夫じゃろうか?」
ルディールがそう言ったので周りの友人達も釣られてそちらを見るが、誰が見ても分かるぐらいに気難しい顔をしていた。
お父様、大丈夫でしょうかとセニアとアコットが心配しながらセニアはルディールに尋ねる。
「ミューラッカ様はバルケさんが嫌いなのでしょうか?」
「う~ん。わらわも詳しい事は知らんが多分じゃがバルケの元カノがミューミューなんじゃろな」
ルディールの一言に周りは固まり、今度は皆がルディールを凝視する。
「本人達から聞いた訳でも無いから何とも言えんがのう。バルケも変な事する奴ではないから消去法でって感じじゃのう」
「ルーちゃん。元カノってなに?」
「うむ。前は恋人と言う奴じゃな~。この辺りであれば良いがあそこの寒そうな女王の前で言っては駄目じゃぞ」
「うん。大丈夫!口は災いの元って習ったから言わない!」
じゃったら大丈夫じゃなと言ってアコットの頭を撫でると嬉しそうにしその光景とは対照的にリノセス夫人は頭を抱える。
視線に気がついたミューラッカがルディールの方を向いて睨んだので、ルディールが和ませようと変顔をするとアトラカナンタが大笑いしミューラッカの肩を叩き始めたのでさらに機嫌が悪くなった。
「後で絶対に喧嘩になりますわね……」
「あやつ短気すぎるじゃろ……」
ルディールが遊んでいる間に試合を告げる鐘がなりバルケとミーナの試合が始まった。
そして先ほどルディールと相談していたように開始と同時に無詠唱で自身の周りに水球を幾つも造り漂わせた。
「ほー。ミーナちゃんは無詠唱もできるようになったんだな」
「はい魔法はルーちゃんやソアレさんに教えてもらって接近戦はバルケさんやスナップに教えてもらってますから、すぐには負けない予定です!」
「ミーナちゃんはあれだな。何でもできるタイプだな。魔法を使いながら戦うならステ公辺りにも戦い方を聞くと良いぞ」
「ありがとうございます!では行きます!」と言ってミーナが攻撃するよりも先にバルケが地面に背中の大剣を叩きつけて砂埃を巻き上がらせて視界を奪った。
そしてその後すぐに視界は遮られたままだが何かを叩く音がした後にバルケがミーナの足を掴んだまま舞台の端まで運び、そこでミーナを落として決着となった。
バルケの勝利で二人が戻ってくると先にミーナがルディールに敗北を告げる。
「ルーちゃん負けた……何もできなかった……」
「そうでも無いじゃろ見てはいなかったが……何かしたんじゃろ?」
そういうとミーナより先にバルケが嬉しそうに答える。
「やっぱこの子すげぇわ。視界奪ってそのまま投げてやろうと思ったが掴んだ瞬間に顔面に蹴り入れて来たからな。入りはしなかったが感心したわ」
「それで足を持たれておったんじゃな~まさに大健闘なんじゃが……ミーナよスパッツはいておってよかったのう」
「ううっ……すごい恥ずかしい」
それから勝ったはずのバルケがスナップに女性の足を掴むものではありませんわと怒られている間に次の試合のメンバーが呼ばれた。
「よし。次は私か!。セニア!勝たせてはあげないわよ!」
カーディフはそういって観客席から飛び出して身軽な動きで舞台へとあがった。
「ソアレよ。カーディフの弱点ってなんなんじゃ?」
「そうですね……胸部装甲が薄いのでそこをつけばセニアにも十分チャンスはあると思いますが……軽い分、素早いので」
「となると……風の魔法でバランス崩させたり雷の魔法で痺れさせればチャンスはありそうじゃのう。セニアもソアレと一緒でガチガチの魔法使いじゃし……と言う訳でセニアよ。風と雷の魔法は攻撃に使わずカーディフの行動阻害じゃ」
「……ソアレ先生は絶対にカーディフさんに怒られますよ。ルディールさんありがとうございます……やれるだけの事はやってみます」
ゆっくりとだが勝とうとする力強い歩みでセニアは舞台の上へと上がって行く。
「う~む。出会った頃は自信なさげで儚げな少女って感じじゃったのに立派になった様な感じじゃな」
「セニアにその気があるかは分かりませんが……いつかは私も抜かれると思いますよ」
弟子兼妹のセニアをソアレがそう言って笑いながら見つめ、ミーナとアコット達が応援するなかカーディフとセニアの試合が始まった。
セニアも開始と同時に魔法を使い、風や雷を周囲に張り巡らせカーディフが触れた瞬間に自由を奪う罠を設置する。
「流石はソアレの弟子よね。まぁ性格まで似てたら殴るけど」
そして上空を少しだけ眺めてからよし!と言ってセニアの罠や魔法を避けながら上空に向かって一本の矢を放つ。
その行動の意味が分からなかったセニアが不思議そうにしながらも反撃してこないカーディフめがけて魔法を何度も放つ。
「ほれほれ~セニアーどうした~。そんなんじゃ当たらないわよ~5」
「さっ流石に速い……ですが避けてばかりでは!」
「もっと相手の行動を読まないと当たらないわよ~4」
素早く動くカーディフにセニアも動きながら魔法を放つが、動きは全く捕らえられず空を切るばかりだった。
そしてカーディフが唱えていたカウントがゼロになった。
「ゼロっと。セニアそこでストップよ」
カーディフの言った意味は分からなかったが素直なセニアがそこで止まると、セニアの目の前にカーディフが先ほど空に向かって放った矢が落ちて来た。
セニアも試合を見ていた観客達もその状況が理解できなかったの静まりかえったが、カーディフのまだやる? の声に我に返りセニアは降参を申し出て観客達は歓声を送った。
「うーむ。魔法使いが制空権をとれん理由がわかるのう」
「はい。カーディフが凄いのももちろんありますが魔法使いが飛んだ所で只の的ですからね。子供の頃からでも飛べていれば別でしょうが……アーチャーの弓を避けながら魔法を撃つのは至難の業です」
舞台からカーディフが先に戻ってきてルディールに力こぶを作るように腕をあげて、「私もなかなかやるでしょ?」と言った後にソアレに聞こえてたわよ! と言ってソアレの頭にアイアンクローを喰らわす。
次にセニアが戻ってきてルディール達に負けました……と言って肩を落とした。
「すぐにどうのこうのできる技術ではないが選択肢の幅が増えたのは良い事じゃな」
「はい。今日は参加して良かったとおもいます。ルディールさんありがとうございます」
そしてリノセス夫人や師の指の食い込んだソアレの所にいきこれからの事について相談を始めた。
次はスナップとノーティアじゃなとルディールが思っているとちょうどアナウンスが入り、その二人が呼ばれ、白い戦闘装束に身を包んだノーティアが先に舞台へと上った。
「でわ。言って参りますわ」
「うむ。余裕では無いと思うが……油断だけはせぬようにな」
「姉さん頑張ってください」
「ミューミューの子供だからなー。魔法使いといってもどの距離でも戦えると思うから頑張れよスナップ」
任せてくださいですわとスナップが言って舞台に上がって行く。
バルケのスナップの呼び方がスナッポンからスナップにいつの間にかなっていたのでその事をからかおうとしたが特別席の方で一悶着あったのでそちらの方向を向く。
すると間違いなくなにかあったようでさらにミューラッカの機嫌が一段とわるくなっていた。
またルディールの視線にミューラッカが気づいたようで、流石のルディールもミューラッカを和ませようとウィンクするとまたアトラカナンタが笑いミューラッカの機嫌が悪化した。
「なぁ、ルー坊。特別席あぶなくないか?」
「うむ。和ませようとはしておるんじゃが……あやつは短気じゃからのう」
「昔はそこのセニアちゃんよりおとなしくて良く笑う姫様だったのにな~」
「お主な……嘘つくならもっとマシな嘘をつく方がよいぞ。もしくは子供の頃のミューミューが酷すぎて、お主の脳が間違ったミューラッカを作ったのかも知れんぞ」
バルケもそこで否定をすればいいもの否定せずにそうかも知れないといって納得したので、それが聞こえたミューラッカがさらに機嫌が悪くなり眉間の皺は水が溜まりそうな程深くなっていく。
「ノーティア様、ミューラッカ様がご機嫌が麗しくないですわ……」
「あれぐらいならまだ機嫌が良い方ですよ。本当に危ない時は無表情で周りが凍ってますので……」
二人の挨拶が終わった所で試合開始を告げる鐘がなる。
鐘が鳴ったと同時にノーティアはスナップの様子を見る為に距離を取るがスナップの方は自身のエネルギーを燃焼させ綺麗な黒髪を真っ赤な赤色に染め即座に戦闘態勢に入った。
「ノーティアがワンテンポ遅れたのう。スナップはもうガチガチの本気モードじゃし」
「スナップさんの本来の戦い方もできませんし……難しいですねAランク相当のノーティア様ですからあの距離を詰めるのは難しいかとは思いますが……スナップさん普通に強いですからね」
ルディールとソアレがそんな事を言っているとノーティアが無詠唱で魔法を唱え、舞台の上に雪を降らせ始める。その雪は雪と言うにはあまりにも尖っており舞台に落ちる度にその場に突き刺さる。
そしてノーティアのかけ声と共にその針のような雪は一斉にスナップに襲いかかる。だが当の本人はその雪を気にもせずに真っ正面からノーティアに向かって接近する。
舞台の外にいる観客達は気がついていなかったが真っ赤な髪になったスナップは並の人間では近づく事すら困難な程に高温になっているのでノーティアは放った雪の魔法程度は体に触れる前に全て蒸発していた。
スピード的には少しだけノーティアに余裕があったが雪による攻撃は全て溶かされ徐々に舞台の端にノーティアは追い詰められていく。
そして舞台の端に追い詰めた瞬間にスナップが飛びかかる。だがノーティアもそのまま舞台の外に落とされる事は無く、即座に分厚い雪の壁を作り接近を許さなかった。
スナップがその雪でできた防壁に右ストレートを叩き込むと簡単には壊れはしなかったがゆっくりと溶け始め、二、三発殴られる頃には凄まじい蒸気を出しながら全て消えていった。
壁がなくなった時には舞台の端にはノーティアはいなかったのでスナップは舞台の中央を向き話しかける。
「ノーティア様は転移魔法を使えるんでしたわね」
「はい。少し前は雪が降っていないと駄目でしたが今はいつでも使えますから……スナップさんってメイドですよね?」
「ええ、ルディールさんちのメイドさんですわ」
その言葉を聞いたノーティアはメイドさんがどうしてこんなに強いんだろうととても難しい顔をしたが尋ねた所でメイドですからとしか言われ無さそうだったので色々と諦めた。
「次が私の本気になります!行きますよ!スナップさん!フロストハティ!」
その魔法を唱えるとノーティアの目の前に雪でできた巨大な狼が現れ、スナップめがけて襲いかかる。
フロストハティの牙がスナップに届くが、その牙が小さな体を貫通する事はなく、硬い物を噛んだ時の音と共に牙は砕け折れる。
スナップはそのままフロストハティ上顎と下顎を持ち無理矢理こじ開けてから、可愛くふんす! と言った後に自分の数倍もある雪で出来た狼の体を持ち上げノーティアに向かって凄まじい速度でぶん投げた。
すんでの所で躱したノーティアだったが逃げた先に黒髪に戻ったスナップが周り込んでおりそのまま吹き飛ばされ場外に落ち決着となった。
そして場外に落ちたノーティアをスナップが手を差し出し舞台に引きあげた。
「ありがとうございます。スナップさん本当にお強いですね……ミューラッカお母様に怒られる……」
「それは大丈夫ですわ」と言ってノーティアにミューラッカの方を見るように言うと、特等席にいたミューラッカははにかむように笑い手を叩いていた。
その事にノーティアもほっとしたのか拍手をしてくれる観客達に何度も頭を下げてから観客席に戻っていく。
スナップもルディール達の所に戻ると主や恋人や友人が温かく出迎えてた。
「スナップの服って何で出来ておるんじゃろうな?さっきの狼っぽいのも貫通せんかったし」
「普通のメイド服ですわ」
「「普通って何だろう……」」とミーナとセニアが言った所で次の試合が始まり雪山と冒険者バスナが舞台に上がった。
悲しい事にBランク冒険者がミューラッカの先生の雪山に健闘などできるはずもないので、試合開始と同時に雪山の雪崩の魔法がバスナを場外へと押しやり一瞬で勝負が決まった。
「一瞬であの量の雪を出せるんじゃから凄い物じゃよな……スナップの次の相手は先生じゃな」
ルディールがそんな事を言っていると後ろからテラボアがテテノに呆れる声が聞こえた。
「あんたって子は……何でただの祭りにデッドリーポイズンみたいな解毒不可な物を持ってくるんだい……」
「え?……お婆ちゃんの孫だから?」
「フェリテスの錬金術師に人に迷惑をかけるような奴はいないよ!」
そう言ってテテノのアイテムバッグを漁り誰が見ても危険だと分かる物を何種類も取り出して自分の鞄に入れていく。
それが終わると同時にテテノと隊長が呼ばれたのでテテノはテラボアに文句を言いながら舞台へと上がっていく。
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