第72話 どう見ても○○な顔

 風の神フライデルを仲間に加えた俺たちは拠点であるコゲの家へ戻ることにした。

 驚いたのはフライデルが着の身着のままついてきたことだ。


 スイハのところだと傘下の神は必要時にスイハの屋敷へ集まり、普段は各々の住処で暮らしているらしい。もちろんハンナベリーたちみたいに屋敷にそのまま住まわせてもらっている神も多いみたいだが。

 俺のところもその形でいこうと考えていた。

 だから、いくらボロボロでも持ち家のあるフライデルには選択肢がある。

 ここは本人に決めてもらおう、と訊ねてみると二つ返事で「そっちに行く」だった。


 フライデルはそのまま特に手荷物もなく家の外に出て、不在中の看板を出入り口の脇にひっかけて――それでおしまいだ。


 近所に散歩にでも行くかのような身軽さだった。

 フライデル曰く「寝起きするのに便利ってだけで、特に思い入れがあるわけじゃないからな」とのことである。それにしたって泥棒が入ったらどうするのかと思ったが……そこは風の精霊が定期的に見て回ってくれるそうだ。

 ちなみにこれはフライデルから指示したのではなく、精霊側からやりたいという申し出があったらしい。仕事に飢えすぎてる。


 そんなこんなで俺たちの拠点にやってきたフライデルは――


「なんッ……だ、このベッド、ふわふわすぎんだろ……!」


 ――割り当てられた部屋のベッドに凄まじく感激していた。

 うつ伏せになったり仰向けになったり転がってみたりしばらく静止してみたりと堪能している。俺の隣でそれを見ていたコムギがくすくすと笑った。


「そういえばあそこでわざわざハンモックを持ち出したくらいですもんね、寝具類にはこだわりがあったのかもしれません。その、本人が気づいてないタイプの」

「これで自覚のある寝具マニアに覚醒しそうだなぁ……」


 けど自由にのびのびと暮らしてくれたら俺としても嬉しい。

 神様でも生き甲斐になる趣味のひとつやふたつあった方がいいだろうしな。


 しばらくゴロゴロしていたフライデルはそのまま眠りそうな勢いだったが、はっと顔を上げると俺の方を見た。


「ところでお前、俺の次は誰を勧誘するつもりなんだ? 勢力拡大すんだろ」

「まだ決めてないんだ。ただ……」

「ただ?」

「この拠点から近い中立派から順に声をかけてこうかなって」


 頭使ってなさすぎだろ、とフライデルは半眼になった。

 もちろん対象がどんな神かは事前に少しくらいは調べるつもりだが、フライデルの時でさえ『すべては実際に会ってみてから』というのが本心だったからぐうの音も出ない。


 するとフライデルは勢い良く立ち上がり、浮かせたベルト同士をぶつけて指パッチンのような音を鳴らした。

 その音が部屋に響くなり窓が勝手に開いて目に見えないなにかが入ってくる。

 俺の隣に立っていたハンナベリーが口を開く。


「風の精霊ですね」

「フライデルが呼んだのか?」


 そうみたいです、と頷くハンナベリーの髪の毛がふわりと風になびいた。

 どうやら入ってきた風の精霊がフライデルになんらかの指示を与えられて再び出ていったらしい。俺の目だとまったく見えないのがちょっと惜しいな。


 しかし一体なにをしたんだ?

 そう口には出さず顔に出していると、フライデルがベルトをうねらせて言った。


「中立派の各神の情報を集めに行かせた。大抵の奴は対策してるからプライベートまではわからねぇが、検討する材料くらいにはなるだろ」

「あんなに面倒くさそうだったのに手際が良い……!」

「アホか。認めてくれる奴が相手なら少しぐらいは働くっつの」


 お前が本当にそういう奴ならな、とフライデルはにやりと笑う。

 これから見極めさせてもらうぞという顔だ。

 俺が気が抜けないなと笑うと「どう見ても気が抜けてる顔だ」と言いながらフライデルは再びベッドに寝転がった。風の精霊が戻るまでのんびり過ごすらしい。


「それなら――よし! お礼として十分かはわからないけど、フライデルの好物をおやつとして作ってくる。待っててくれ!」

「おい、またフードファイトん時の料理か? 条件提示で週一って言ったろ、嫌いじゃないが連続するのは飽き……」

「いちごのショートケーキ。多分好きだろ」

「……」

「あと前に瓶で作っておいた特製レモネードがあるんだ、それも付ける」

「……嫌いじゃねぇな」


 フライデルは目を逸らしつつ咳払いをしてそう言ったが、その顔は『どう見ても好物な顔』だった。


     ***


 今回もコムギやハンナベリーたちが手伝ってくれることになり、ケーキ作りはとても順調に進んだ。


 ちょっとしたことで失敗するケーキ作りは奥が深い。

 この世界じゃ土台にできる出来合いのスポンジケーキもないから全て一からの手作りになる。

 だから俺も最初は恐る恐るだったが、コムギにケーキ類の調理経験があったおかげで大失敗と呼べるミスは一度も起こらなかった。


 そういやテーブリア村でも食事処デリシアのメニューにあったし、村の子の誕生日ケーキの注文を受けたりしてたっけ。

 普段はミールが作っているが、コムギはコムギでお菓子類を作る特訓もしていたらしい。


 さすがコムギだな! と褒めると頬を赤くして喜んでいた。

 ――俺にとっては不都合の少ない世界だけど、カメラがないのはやっぱり惜しい。


 プロはスポンジにできた気泡ひとつでボツにすることもあるようだが、今回はただ楽しく食べるためのケーキだ。みんなの負担にならないところで妥協し、それでも首を傾げてしまうような形になったものはその場で俺が頂いた。

 ……調理中のつまみ食いみたいでこれはこれでワクワクして楽しいな!


 そうしている間に出来上がったのは宣言通りのいちごのショートケーキ。

 ホールで食べるのも良かったが、今回は敢えてショートだ。

 ショートにはショートの浪漫がある。


 上にのっているのは一個丸々の大きないちごで、スポンジ部分にも生クリームと一緒にスライスしたいちごが入っていた。ハンナベリーから提供してもらったものなので品質はお墨付きだ。

 すでに甘くて美味しそうな香りがほんのりと漂ってくる。


 そう、これこそ俺が好きなケーキ屋の香りだ。

 肺いっぱいに吸い込みたいところだが、それは食べる時にとっておこう。


 手作りケーキをレモネードと共にトレイにのせ、再びフライデルの部屋を訪れる。

 それは丁度、フライデルが戻ってきた風の精霊を窓から迎え入れたのと同じタイミングだった。

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