弐拾肆


『やれるもんならやってみろー』


『なにぃ!!泣いても知らんぞワレェ!?』


 赤い手形も二人と三匹での共同作業の結果、大分消えつつある。

 そのせいか、ずっと張り詰めていた気分や空気が少しずつ、〝いつもの調子〟を取り戻していく。


『やめい、地陸。』

「イナリ、いい加減にしとけ」


 じゃれてんだか、からんでんだか判らない二匹を俺と天空が声をハモらせ諌める。

 二匹も半分は重い空気を掻き消す為にやっていたのだろう、その一言で互いにスッと引いた。


『今はそのような事をしている場合じゃない。とっとと終わらせるぞ』


『ほいほーい』


 天空の言葉に、全くめげた様子のない地陸は、適当な返事をして作業へと戻った。

 イナリも、素直に止まっていた手を動かし始める。

 三匹がやっている左右の外壁は、部屋に面する部分にのみ、赤い手形が記されている。数こそ俺の担当している窓よりも少ないが、ぐるりと一周という事になると範囲が広い。

 猫神達もその範囲に難儀しているようで、一つ一つにちょこちょこと聖水をかけ、あっちへふよふよ、こっちへふよふよしていた。





「美衣子、もう平気だから、中入ろう」


 作業を終え呼びに行くと、美衣子は一切微動だにしておらず、膝を抱えたままの体勢で留まっていた。

 尊さんは、まだ中にいる。消し残しはないか、その他怪しい物はないか等、最終チェックをしてくれているのだ。


「大丈夫だから……俺もいるから、な?」


 美衣子は、声をかけても直ぐに動こうとはしなかった。

 石膏のように身を固くして、子供のように嫌々と首を振って、そこに留まろうとする。

 眼下に見える通りには、先程来た時にはいなかった人影が見え始めている。


「ほらっ、もう大丈夫だから……」


 俺は、一向に進歩のない同じような言葉を繰り返しながら、美衣子の肩を抱くようにしてなんとか立たせる。本当に腰を抜かしていたらしく、美衣子は殆ど全体重を俺に預けていた。

 体と同時に、美衣子の心もギリギリなのは目に見えて明らかだった。


「有村さん、大丈夫ですか?」


 ひょこりと尊さんが扉から顔を出す。


「あぁ。さっ、行くぞ」


 ぐったりとした美衣子の代わりに軽く返事をして、開け放たれた扉へと美衣子を誘う。

 流石に諦めたのか、全身を俺に預ける彼女を、引き摺るようにして連れていく。

 彼女は裸足だったので、そのまま上がらせていいものか一瞬迷ったものの、そのまま室内へ連れ込む。

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