弐拾壱

 尊さんは先に部屋へと入って行った。その動きに戸惑いはない。

 やっぱり俺とは肝の座り方が違う。

 俺は尊さんの姿が見えなくなると、壁によりかかるようにズルズルと美衣子の隣に座り込んだ。

 正直に言えば、美衣子の様子を見るというのは半分建前だ。

 本当は俺自身が全身にのし掛かるような疲労感を感じている。

 荒い呼吸を少しでも整えるように深く息を吸う。

 濁っていた肺の中の空気が夜闇に吸い込まれていく。

 実際のところ、俺が美衣子の部屋に到着してから、まだ数十分も経っていなかった。それにも関わらずここだけ時間が止まっていたかのようにくたくたに疲れていた。

 扉から半身だけ出して手招きする尊さんに、俺は全身に蟠る脱力感に抗いゆっくりと立ち上り、歩み寄った。


「祓いは済ませました。この辺りに充満している邪気も、暫くすれば消えると思います。ただ……その、ちょっと後片付けを手伝って頂けますか?」


 尊さんは扉の隙間から、簡単に状況を説明する。

 その表情に、部屋に入って行った時の緊張感はない。

 ただ、柔らかな表情では隠しきれていない汗の滴が額にびっしりと浮かんでいた。

 それだけで、余程神力を消耗したのだという事が判る。


「あ、ああ……後片付けね」


 一瞬の思考の後、彼女が言ったその『後片付け』という言葉が何を示しているのかに合点がいく。

 あの生々しい痕跡を残した部屋に狂乱状態の美衣子を戻すのは得策とは言えない。


「美衣子、ちょっと先に様子見てくるから。ここで待ってろ。な?」


 再度美衣子の側にしゃがみこみ、出来るだけ優しく声をかける。

 独りにしておくのも心配だが、とっとと片付けて、一刻も早く安心出来るところで休ませてあげるほうがよいだろう。

 それに、唯でさえ消耗している尊さんに、全て任すというわけにもいかない。

 美衣子は、自身の膝に顔を埋めたまま、それでも小さく頷いた。


「行って来る」


 美衣子の了承を見届けると、もう一度だけ頭を撫でてやり、待っていてくれた尊さんに続いて、再び扉を潜った。

 玄関に足を踏み入れた瞬間、尊さんの功績はしっかりと肌に感じられた。

 空気の重さが全く違う。

 これが尊さんの言う邪気というものなのだろう。


「あれ?猫神達は?」


「今、外を見て来てもらっています。どうやら、この部屋を取り囲むように霊障が出ているみたいで」

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