拾陸
“手”から、“腕”、“肩”、そして“頭”へとどんどんとその姿の全容を露にしてくる。
間もなくその全てが俺の視界に焼き付く。
来るっ、来るっ、くる、くる、クルクルクル…………!?
「……!?美衣子!!」
俺はやっと声を吐き出した。
いつの間にか息を止めていたらしく、喘ぐように息を吸う。
突然に空気が肺に大量に入り込み、むせこみそうになる。
しかし、むせこんでしまえばそのまま嘔吐してしまいそうで、必死で堪えた。
俺は美衣子、先程まで“手”でしかなかったものへと駆け寄った。
名を呼ばれたことで形を持つことが出来たかのように、それは緩慢な動作で此方を向く。
それはやはり見間違うことなく、俺を呼び出した張本人、美衣子その人だった。
「……う……あっ……!?」
美衣子は俺の顔を認めると、そのままの体勢で這いずって来る。
顔色は蒼白で、口は喘ぐように半開き、見開かれた眼はいまいち焦点が合わず、大粒の涙が後から後から零れ出ている。
長い間泣き続けていた証拠とばかりに、頬には涙の跡がしっかりと刻まれていた。
どうやら、部屋で何かあった美衣子は、逃げ出そうとしたものの、腰を抜かしたようだった。
それでも、なんとか此処まで這いずって来たのだろう。
「おいっ!美衣子っ!!大丈夫かっ!?」
尚もズリズリと這い逃げようとする美衣子の肩を掴み、揺さぶる。
美衣子は、言葉が出てこないようで、「あぅあぅ」と唇を戦慄かせている。
瞳は怯えきっていて、俺の事すら認識出来ているのか定かではない。
「俺だっ!俺だよ!分かるかっ!?拓真暁だよ!!」
必死で呼び掛ける。
美衣子の動揺が伝染するように、段々と俺の声も悲鳴染みていく。
何度か繰り返すうちに、わずかながら瞳に色が戻り、俺を見据える。
こくりこくりと振り子のように頷いた。
「どうしたんだ!?何があった!?」
「…う……うぁ……あっ…き…ぃ……」
これでもかと揺さぶる俺に、されるがままになりながら、全身を震えさせ、美衣子はゆっくりと腕を挙げる。
挙げられた腕もぶるぶると揺れたまま、伸びた人差し指が部屋の奥を示す。
「……う……ち…………うぅううぅううう」
緊張の糸が切れたように、戦慄きは嗚咽に変わり、粒だった涙は滝のように溢れ出す。
「……わかった」
これ以上無理させれば、気絶してしまってもおかしくない。
俺は美衣子を抱き抱えるようにしてマンションの廊下まで引き摺っていくと、目を見開いたまま泣き続ける彼女に頷いてみせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます