「あー、実は掃除してなくてさ……」


 後ろにいるイナリを気にしながらも、好意を無下にする事は出来ず招き入れる。


「なぁんだ。それでさっきっからおかしかったのかぁ~。だいじょぉぶ♪男の子の部屋なんだから、ちょっと汚くても気にしないって!食べたら出掛けるし、長居しないから」


 美衣子は途端に顔を輝かせた。

 どうやら先程の奇行も今のベタな言い訳で誤魔化せたようなのは幸いだ。


「まぁ、なんも無ぇけど、構わねぇなら」


「ぜんぜぇんいいよ!お邪魔しまぁす♪」


 美衣子は嬉しそうにショッキングピンクのスニーカーを脱ぐと、部屋へと上がり込んで来る。

 イナリは―――ふよふよ浮きつつもやはりゲームを気にしている。


「珈琲でいいか?」


 モデルルームを見学しているみたいに、物珍しげに部屋を見回している美衣子の背中に声をかける。

 一応訊いてはみたが、俺の部屋には珈琲と水道水くらいしか装備していない。


「うん♪あっ、ゲームやってたんだぁ~」


 部屋の方から美衣子の声が返ってくる。


『なぁなぁ?ぱうんどけぇきって何なん?』


 人の気も知らないで、俺の手によって注がれる琥珀色の液体を眺めながら訊いてくる。


「わぁった。お前の分とっといてやる」


 聞いた事のない食べ物の名前に、鬱陶しくまとわりついて来るイナリに、小声で伝え、カップに注いだ二つの珈琲を持って部屋へと戻る。

 因みに珈琲と大層に言っているがインスタントなのであしからず。


『いやったぁ☆』


 部屋に戻ると、美衣子はまだ立ったままキョロキョロと部屋を物色していた。


「汚くて悪ぃな。まぁ適当に座ってくれ」


「そんな事ないよぉ。綺麗なほうだって!」


 示した場所にちょこんと座ると、美衣子は首をブンブンと横に振る。

 なんか、そこまで必死に否定されると逆に嫌だ。

 話を逸らすように、美衣子は持ってきた包みを開けた。


「じゃーーん!!」


「おぉ!旨そうじゃん!!」


「ちょっと焦げちゃったけどね」


 出てきたのは、見事なパウンドケーキだった。お店で売ってても違和感のない品だ。加えて、手作りらしい芳ばしい香りがプラスされていて、尚更良く見える。


「はい、どうぞ」


「いただきます」


 一片つまんで口へと運べば、控えめな甘味が芳ばしさと共に口の中に広がる。

 見た目に違わず味も大したものだ。


「うんっ!旨いよ」


「ほんと?」


 正直に感想を云ってやれば、美衣子は照れたようにはにかみつつ、嬉しそうに口元を弛めている。

 うん。なかなかに女の子らしい反応だ。

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