拾漆


『天よ地よ、総ての力の源よ』


 俺の手を握ったまま、尊さんは例のやけに脳髄に響く声を発する。

 今回は猫神達の出番はないらしい。尊さんを挟むように座り、大人しくしている。


『天津の神子が命ずる。我が力の欠片、輝きとなりて、かの者へ』


 声が一際大きく響いたところで、彼女の手から伝わってきていた温もりが、温かいを越えて熱くなった。


「っ!?」


 反射的に手を離そうとするが、ガッチリと抑えられていて動かすことは叶わない。

 熱はどんどんと温度を上げ、眩いばかりの光となって重なった掌の間から漏れだしていく。ビリビリと焼けるような、熱とも衝撃とも感じられるものが掌を支点として段々と腕へ肩へ頭へと全身に拡がっていった。

 …………。


「はい、もう大丈夫ですよ」


 感覚が麻痺して何も感じなくなった頃、尊さんの優しげな声が響いた。

 恐る恐る目を開く。

 変化は……感じられなかった。

 ただ風呂上がりのように身体全体がポカポカと温かいくらいだ。


「なんか変わった?」


 思わず訊ねるも、深い頷きが返って来ただけだった。


「ってゆーか、ビリじゃ済まなかったんスケド……」


 ヒリヒリと痛む掌を見てみるも特に火傷なんかは見られない。


「そっ、そうですか?ごめんなさい!ちょっと力加減間違えちゃったかもです。はは」


 尊さんは謝ってくれたものの、そんなに悪びれた様子はない。

 彼女の額にはうっすらと汗の滴が滲んでいて、平気そうな顔をしていても疲れているのは明らかだった。


「ゆっくりと後ろを向いてみて下さい」


 尊さんの言葉に促されるままに、振り向いてみる。

 勿論そこには何も無い筈だが――――――目が合った。


「何こいつ?」


 ギギギと音が鳴るようなぎこちなさで前へと向き直り訊ねる。

 そこには、銀色の毛玉のようなものが蟠っていた。


「その者が貴方に憑いている稲荷神ですよ」


 尊さんは何故か物凄く嬉しそうにしていた。

 再び、機械的な動きで背後を確認。やはり、目が合った。

 そいつは微動だにせずに、硝子玉みたいな眼を此方に向けている。

 その姿は、多分仔狐だと思われた。何故多分なのかというと、都会育ちの俺は精々動物園の柵越しにしか生の狐を見たことが無いためである。

 大きさは、猫神達と大差無く、毛は鮮やかな銀色、二つの眼だけが黄金色に輝いていた。


「……どうも」


 とりあえず挨拶してみる。

 すると、どうしたことか狐はその細い目から突然ウルウルと涙を溢れ出させた。


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