開会

統一暦500年1月1日午後1時

 大きな花火が打ち上げられた。式典が始まったのである。

 500周年記念式典会場では開会の挨拶が始まったところである。その真上、屋根裏の部屋。

「素晴らしい、時間ぴったりです。」

 ルキフェルはアカリを抱き上げる恵吏に拍手をしながらゆっくり歩いてくる。

「ただ、もう少し遅れることも想定していたのでね。まだ時間があります。」

「……何を言ってるの?」

「ほら、下を見てみなさい。」

 ルキフェルに促されるまま部屋の床にはめられているガラスから下を覗いてみる。あの顔は見たことがあった。確か、副大統領か。開会の挨拶をしているようだった。

「この後ですね。あと数分で大統領の祝辞が始まります。」

 通路のほうからキャア、という声が聞こえた。紅音がやられたんだろう。恵吏は慌ててアカリを抱き上げて出て行こうとする。しかし、扉が開かない。

 ルキフェルはため息をついてから言う。

「全く、人の話は最後まで聞いてほしいものですね。」

 恵吏は一通り扉をガチャガチャやってみるが開けることはできなかった。

「貴女は朝倉灯さんの人格を復元したいんでしょう?それが叶うとしたら?」

 恵吏はようやくルキフェルを目を合わせる。

「……できるの?」

「ええ。というか、わりと最近で彼女の人格が覚醒したタイミングはあったんです。戦争直前のとき、目の前で頭がこう……ボンッ、と。覚えてますかね。あれを我々は研究したんです。その結果、あの一瞬だけ朝倉灯さんの人格が覚醒していたことが分かった。あの能力はネットワークを介したものではなかった。神への進化の過程をゆっくり進みつつある朝倉灯さんの能力だったんですよ。神になれるのは人工の人格ではなく彼女の体にもともと存在していた朝倉灯さんの人格のほうだった。だから我々は朝倉灯さんの人格を恒久的に覚醒させる方法を模索した。それで出た案の一つ。状況再現です。あの時の要素は三つ。彼女を取り巻く追手。朝倉灯さんの怪我。そして、佐藤恵吏さん。貴女の負傷。追手は今回は会場に集まったあの記者団を利用します。そして、ここからあなたたちを落とすことで怪我を再現する。」

 恵吏は慌てて再び扉をガチャガチャし始める。扉を叩いて叫ぶ。

「誰か!開けて!助けて!!」

「大丈夫です。殺すつもりはありません。ここから落ちたら幕に引っかかって減速するので死なない程度……軽い脳震盪が起きる程度で済むはずです。ただ、それだと怪我の度合いが足りないんです。だから、」

 ルキフェルは懐から銃を取り出した。紅音のようなおもちゃではなく、当たり所が悪ければ死んでしまう本物の銃。

「動かないでくださいね。僕も銃の腕は自身があるんですが、それでもあまり派手に動かれると間違えて殺してしまうかもしれない。」

 恵吏は過呼吸になる。それでもアカリを庇うような体勢を維持する。

 バスン、と消音された銃の鈍い音が聞こえる。

「……ッ!」

 恵吏の脇腹に銃が命中した。

「……あ…………う……。」

 恵吏は長く拘束されていたことによりかなり疲労が蓄積していた。そこに猛烈な痛みが加わる。恵吏は血が溢れ出る脇腹を押さえたまま動けない。

「この近くに居たら僕も巻き込まれかねないのでね。これで失礼させていただきますよ。」

 ルキフェルは扉を開けて出て行ってしまう。

「それでは、くれぐれも死んでしまわないように。」


統一暦500年1月1日午後1時10分

 12歳ながら地球統括政府大統領という地位まで上り詰めた天才少女、エルネスタ・アインシュタインが登壇する。もちろん、真上に痛みで動けなくなっている恵吏と意識を失っているアカリが居ることなど知らない。


統一暦500年1月1日午後1時10分

 ガコン、という音を立てて屋根裏の部屋の床が割れる。恵吏とアカリは幕に引っかかって一度減速し、それから舞台の床に音を立ててぶつかった。


統一暦500年1月1日午後1時10分

 エルネスタは想定外の事態に動揺していた。

「恵吏さん……?!」

 舞台袖には秘書のジェシカ、記者席の一番後ろには「機関」第100代総統の小鳥遊栖佳羅、関係者席には閣僚の大部分と、統括政府の中枢の面子が揃った場であった。


統一暦500年1月1日午後1時10分

 朝倉灯は軽い脳震盪でぼんやりした状態で起き上がった。右手を見ると赤く染まっていた。血である。ただ、自分のものではない。自分の下になっている少女。彼女の脇腹から流れる血液であった。そう、彼女は

「えり……ちゃん……?」

 灯は過呼吸になる。

「どうしてここに……?」

 知らない少女が言う。彼女が大統領であることなど灯は知らない。

「なんだあれ?」

 そんな声が聞こえてきた方を振り向くと、騒然としている数えきれない人々。皆カメラを用意しており、自分は無数のカメラを向けられている状態だった。

 怖かった。精神的な年齢の成長は5歳程度で止まっている朝倉灯はその状況に酷い恐怖を覚えた。

「……あ…………ああ…………」

 灯は叫んだ。

「やあぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 恐怖から灯は周囲の全てを拒絶した。


統一暦500年1月1日午後1時10分

 劇場内に居た数百人の人間の頭部が破裂した。また、劇場内の電気機械に対して一瞬にして異常な高負荷がかかった。そのおかげで機械類もショートし、回路が爆発したものもあった。

 劇場内に居た人間は朝倉灯と佐藤恵吏を除いて皆即死だった。統括政府大統領、副大統領、その他官僚などは全滅。また、同じく劇場内に居た「機関」総統も即死した。

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