上空、超音速で

統一暦499年12月23日午前10時30分

 聡兎は森の木々の間を羽を器用に操作しながら抜けていく。時速100㎞近くで飛んでいるため、ぶつかったらひとたまりもない。森の上に出たらそんな問題はなくなるのだが、人工天使たちに見つかる可能性が出てくるためそんなことはできない。

 川が見えてきた。聡兎は一度止まる。

 アーレ川。スイス内を流れるライン川の支流の一つである。スイスを抜けるためにはこの川と、この先のライン川の二つの川を越えなければいけない。当然の話だが、川の上には木が生えていない。人工天使たちの視線から聡兎たちを遮ってくれるものはない。上を見て確認しようにも、それで見つかったら元も子もないし、そもそも一万メートルの高度を飛んでいる身長150㎝程度の少女を目視確認できるかも怪しい。

「動物の動体視力っていうのはその動物が出せる速度の限界らしい。だから、」

「あの天使より早く抜ければ……ってこと?」

「その通り。察しが良いな。」

 聡兎は紅音の頭を撫でる。

「人工天使のうち5000程度が上空の巡回に当たっているらしい。それであらゆる場所からの攻撃に対し5秒以内に駆け付けられるって言ってたから少なくとも秒速600メートル程度は出せるんだろうな。幸い、こいつは秒速1000メートルまでは可能……だと思う。理論上は。」


統一暦499年12月23日午前10時40分

 大きく旋回して加速する。秒速1000メートル。ここまでくると衝撃波が発生して生身だとボロボロに千切れて悲惨なことになってしまう。そのため、聡兎は特殊な端末を利用する。朝倉麗理華が開発した科学を超越した何か。魔法、と呼ぶのが良いんだろう。その技術が詰め込まれた小さな端末。この端末は小規模なものに限られるが、魔法を使うことができる。正確には、魔法の根源が発生している次元に干渉してこの世界の法則を越えた力を発生させる。

 このおかげで聡兎と紅音は空気抵抗を気にすることなく飛行可能であった。ただ、端末の電池はそんなに多くない。聡兎は電池があとどれくらい持つか、そんなことを頭の片隅で考える。

 秒速1003.5898メートルで川を飛び越えた。

 そのとき上空に居た人工天使は二人に気づくことはなかった。


統一暦499年12月23日午前10時40分

 聡兎はアーレ川を越えた勢いのままライン川に差し掛かる。速さは少し落ちて秒速971.6939メートル。

 そのままスイス国境になっているライン川を飛び越える。ただ、ライン川の警備を甘く見ていた。


統一暦499年12月23日午前10時40分

 ライン川のスイス側には人工天使たちが一定間隔で配置されていた。その一人が聡兎に気づいたのだ。すぐに追跡が始まった。


統一暦499年12月23日午前10時40分

 スイスを抜け出して気が緩んだ聡兎は一気に森の上空となる高度500メートル程度まで上昇する。

「よし、あとはモスクワに向かうだけだ。」

「ねえ、聡兎さん……」

 紅音が不穏な声色で言う。

「なんかついてきてるけど……。」

 言われて振り返った聡兎はようやく気付く。人工天使が付いてきていた。聡兎の羽の速さはかなり落ちて秒速716.9399メートル。どんどん天使が迫ってくる。

 聡兎は再加速を始めた。


統一暦499年12月23日午前10時44分

 ランツベルク。ミュンヘンから50㎞ほど離れた街。と言っても、先の大戦の影響で破棄された土地の一つであり現在は廃墟となっている。その上空で聡兎と紅音は人工天使の追跡を受けていた。数分の間にかなり距離を縮められている。

 聡兎は魔法端末の電池を見る。あと一分も持つか分からない。どうにかして突破口を見つけないとジリ貧だ。


統一暦499年12月23日午前10時44分

 ミュンヘンの街中のとあるカフェ。テーブルを囲んでいたのは4人の少女たち。赤い髪で中世騎士の甲冑のような服を着た少女、長くて美しい白髪に白百合の髪飾りを付けた少女、魚の形の水筒を抱えている黄色い髪の少女、そして、金髪に赤いメッシュの少女。

 白百合の髪飾りの少女がふと外の空を見上げる。

「ねえ、ミカエル、」

 ミカエルと呼ばれたのは赤い髪の少女。

「ああ。……なんだか面倒なことになってるみたいだけど。」

「どうする?」

「どうするって……。」

「ほら、ウリエルも。」

 ウリエル、というのは金髪に赤いメッシュの少女。

「えっ……」

「ほら、早く決めないと彼死んじゃうわよ。」

「えっと……うんと……。」

「あの……ガブリエルさん、ウリエルちゃん困ってますよ……。」

 そうやって口を挟んだのは魚の水筒の少女。

「ほら、ラファエルに憐れまれちゃった。」

「憐れんでるとかじゃなくて……」

 そんなガブリエルを見てミカエルが呟く。

「お前ずるいな……。」


統一暦499年12月23日午前10時45分

 聡兎がミュンヘン上空に差し掛かった時だった。

「こっちよ。」

 横から声が聞こえた。

 ありえないことだった。まず、こんな高速で飛んでいるのに普通に声が聞こえることが。それに、聡兎たちの飛行速度は秒速にして793.2385メートル。こんな速度を出せるのなんて戦闘機くらいだろう。それか琉吏みたいな異常な存在、あとは人工天使とか。

 聡兎の隣を飛んでいたのはまさしく人工天使だった。ただ、量産型ではない世界にたった4人しかいない四大天使の一人。

「ガブリエル……だったか?」

「あら、覚えててくれたのね。それだったら話が早い。あの量産機はミカエルが相手をしてくれる。」


統一暦499年12月23日午前10時45分

 ミュンヘン上空。これといった特徴のない顔立ちの少女が高速で飛行していた。その前に飛び出したのは甲冑を纏った赤い髪の少女――ミカエル。

「ごめんな。」

 ミカエルが炎剣を一振りすると量産機は木っ端みじんに吹き飛んだ。

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