私も変わったのでしょうか

統一暦499年12月3日午前10時33分

「『機関』の投入を検討しませんか?」

 会議でエルネスタが言う。

「しかし、『機関』の技術は民間に漏れてはいけない最高機密の一つでは?」

「だからと言ってこの状況を看過していいとでも?もう理解できてるでしょう。正体不明の敵戦力には通常戦力は歯が立たないと。ミサイルの飽和攻撃が無力化され、核で削ることができたのは前線に出ていた戦力およそ10000のうちたったの36。それ以外に地形破壊、放射性汚染などの被害はなし。これだけでも敵の異常性は理解できるでしょう。このままではこちらは戦力も資源も浪費するだけです。前向きな検討をお願いします。」


統一暦499年12月4日午前11時20分

 スイスからは多くの住人が亡命した。そのため、まだ国内に残っているのは生まれ育った土地への愛着を優先したとか、亡命の波に乗り遅れたとか。40万程度の人口があったが、数千人程度しか残っていない。

「不可解です……。有り得ません……。」

 起きて状況を把握してからというもの、アカリはずっとそんな調子でふさぎ込んでいた。彼女なりにネットワークを管理する者としてのやりがいでもあったのだろうか。

 不可解、というのは、彼女はACARIを停止させたときのことを全く覚えていないらしいのだ。意図しないものとはいえ、停止させてしまったことには変わりない。それが意味するのはネットワーク管理能力を喪失したということであり、管理権限を譲渡するというのと同義だ。

 ACARIに不測の事態が起き、その活動が停止した場合のことは想定済みだった。通常、ネットワーク管理権限はACARI以外に付与されることはない。ただ、停止するということはネットワーク管理権限を持つ存在が消えるということであり、ネットワークがどんなに暴走しても止めることは不可能になるのだ。朝倉輝曰くACARIが自殺でもしない限り停止は有り得ないとは言っていたものの、万が一、億に一でも想定外の事態が発生したときのためにその機能は存在していた。即ち、ACARIの停止が確認された場合、管理権限を統括政府の元に還元する。

 現在のアカリは一応の管理権限を持っているものの、統括政府に還元された管理権限と競合してしまうため迂闊に動けない。残っているのは、世界最高の演算能力とデータの閲覧権限のみである。

「ルキフェルさんが話したいって言ってるけど……」

 恵吏が言うと、アカリは即答する。

「神の継承権が必要だが、心を開いてくれないことには扱いづらくてかなわない。あの女を手掛かりにして駒にできないものか。……ルキフェル氏の思考です。」

 つまりは、うまいように使われようとしている、と言いたいのだろうか。

「でも、今のところは彼に従うのが最善なんじゃないかな。だって、下手に動いたらあの量産機たちに敵うわけないし。」

「……変わったんですね。」

「…………?」

「私にこの体を与えるまでのあなたは、そんなんじゃなかった。味方が誰一人としていないため、ずっと一人だった。他人を頼る術を知らなかった。……もう、素性の知れない相手に自分の身を預けることだって厭わないんですね。」

 確かにそうだ。恵吏は変わった。物語のターニングポイントである、統一暦499年8月1日。最初は紅音だった。それから多くの人間に巻き込まれ、巻き込んだ。そして今の恵吏がある。いつの間にか他人と関わることを拒否しなくなっていた。

 それは多くの人と関わることができるようになったということで、恵吏からしてみればポジティブな意味かもしれない。しかし、それは逆に、それまで灯のことだけに向かっていた思考がそれ以外の人間にも向かうようになったと捉えることも可能なのではないか。

「……そうなの?」

「さあ。」

 そこに量産機の一人がやってきた。

「ルキフェル様との話し合いの件ですが、午後3時からとなるのでそれまでに準備しておいてください。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る