決まり切っていた運命

統一暦499年11月29日午後7時32分

 リナの神への過程はかなり進行した。リナに溜まった神の力は人工骨格と人間の筋肉を真似た弾性素材の中で荒ぶる。そしてついに力の一端がリナの制御を越えて溢れ出した。リナの体を中心とする十字型にその力は溢れ出す。

 その十字の下端はキラメキミライ地下の聡兎たちの近くにも届いていた。

「やはり十字は神の力のポテンシャルから導出される軌道関数の解の一つだったか。興味深い。」

 聡兎はほんの十数メートル先で輝いている神の力を前に呆然とする。こんな物理現象が存在していいのか。穴も開いていないのに光柱が到達している。

「畜生!」

 聡兎は走り出す。なんとしてでもそれを止めるために。友人から預けられた大切なものを失わないために。


統一暦499年11月29日午後7時34分

 聡兎はリナの元に帰ってきた。

 光の十字の中に飲み込まれ、リナの様子は外部からは確認できない。

「頼むぜ……リリーちゃん先生!」

 聡兎が取り出したのは小さな端末。前に天使と相見えたときにも使ったあの端末。これを利用することで物理次元よりさらに深い世界に介入することができる。

 聡兎はその端末を操作し、介入深度のレベルを最高まで引き上げる。そして、八咫鏡に向かって端末を握った拳を叩きつける。

 逆二乗則に近似できる強力な斥力が聡兎の拳を退けようとする。しかし、その力は最初に聡兎の肩を襲ったようなものではない。朝倉麗理華が原理を開発し、聡兎が現在に蘇らせた端末。その能力で斥力の根源とまではいかないでもある深度からの力は封じることができている。

 聡兎の拳を食らった八咫鏡は地面に落ちた。なんとかして八咫鏡を破壊したら、止まる。

 八咫鏡には小さなひびが入っていた。行ける。確信した聡兎はもう一度八咫鏡に拳を向けた。そんな聡兎に向かって何かが飛んできた。

 咄嗟に避けたが、それが直撃した場所は直径にして30センチほど抉れていた。それはリナの方向から飛んできたようだった。八咫鏡が自衛しようとしているのか?

 聡兎はそれでも拳を強く握りしめる。


統一暦499年11月29日午後7時34分

 紅音はようやく聡兎を見つけた。しかし、見つけた直後に聡兎を襲う正体不明の攻撃。ひっ、と紅音は息を呑む。無事に回避できたのを見て安心したのも束の間、聡兎は逃げもせずに立ち向かおうとするのだ。聡兎に向かって次の攻撃が飛ぶ。聡兎は横に飛ぶようにそれを回避する。

「聡兎さん!!」

 思わず紅音は叫んだ。


統一暦499年11月29日午後7時34分

「聡兎さん!!」

 急に聞こえた声。この声は、

「紅音か?!」

 しかし、聡兎は振り返る余裕がない。

「逃げて!!」

 紅音は悲痛な叫び声をあげる。

「ごめん、俺は退くわけにはいかない!」

「死んじゃう!!」

「……。」

 聡兎はもう一度拳を叩き込む。八咫鏡は神の力を中継しているとはいえ、物理次元におけるその質料としては錆びた銅鏡である。長い時間の中で朽ち始めている。八咫鏡は脆かった。

 あと一発でも衝撃を加えられたら割れてしまうだろう。


統一暦499年11月29日午後7時34分

 紅音は聡兎の元に走り出す。このままでは遠くに行ってしまうかもしれない。こんなところで大事なものを失いたくない。

「来るな紅音!危険だ!」

 紅音は聡兎の居るステージまで全力で走っていく。座席を飛び越え、背もたれの上を走った。そして八咫鏡が落ちているステージの上に飛び乗る。

 紅音は、八咫鏡を蹴った。その瞬間、強力な斥力が紅音の脚を襲った。足が弾かれて紅音はバランスを失う。そんな紅音にリナから撃たれる八咫鏡自衛攻撃が向かう。

「聡兎さん!」

 紅音はこれを狙っていたのだろうか。とにかく、攻撃が紅音に向かったことで聡兎へのターゲティングがフリーな状況が発生していたのは事実である。

 聡兎は八咫鏡を思い切り殴った。


統一暦499年11月29日午後7時35分

 八咫鏡が割れたのと、紅音に攻撃が直撃したのはほとんど同時だった。

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