逃がさない
統一暦499年9月15日午後5時53分
ガブリエルたちは神の器の試作が置かれてあった部屋に着いた。
「そんな……。」
神の器の試作品は8割ほど吹き飛んでいた。そして、その近くにあった情報端末も木端微塵だ。
「神の器の計画は……ゼロに戻った?」
「ガブリエル。そんなことより、今は早く犯人を捕まえるのが優先だろ?」
統一暦499年9月15日午後5時53分
爆発音と消火システムが動かないことで流石におかしいと思ったのだろう。施設の職員たちが忙しそうに歩き回っている。
そんな中で
「待ってください、その先の通路は監視に死角がありません。危険です。」
栖佳羅に琉吏は答えて言う。
「うんうん、ここの構造を良く分かってるね。あの資料ちゃんと目を通してくれたんだ。」
そう言いながら琉吏は躊躇なく進んでいく。
「言っとくけど、たぶんあなたが見たのって私が潜入したときに作った資料なんだよね。実際に作った人間がそんなの初歩的なこと分からないわけないって。」
琉吏は通路に面した扉の一つを開けてそこに入っていく。
「この部屋を経由したらその通路避けて通れるって知ってた?」
統一暦499年9月15日午後5時54分
「……ダメ。どの監視にも引っかかってない。」
ガブリエルはため息をついた。
「ここは月面。奴らは逃げられない。ロケットの貨物を重点的に探すわよ。」
統一暦499年9月15日午後5時56分
「ところでどこに向かってるんです?脱出するならロケットは逆方向ですが。あと4分もしたら発射してしまいますよ。」
苛々したように言う栖佳羅に琉吏は答える。
「ロケットから脱出なんて相手の思うつぼ。そんなことしたら見つかるに決まってる。私はロケットを諦める。今から見つからずに乗るなんて不可能だろうし。」
「は?」
統一暦499年9月15日午後6時
ガブリエルの指示で発射直前のロケットの貨物は洗いざらい調べられたが、結局怪しいものは見つからなかった。
地球へ帰るロケットを見送りながらガブリエルは呟く。
「ロケットを使わない……?」
統一暦499年9月15日午後6時3分
「こいつなら宇宙の真空に耐えられる。」
琉吏たちが居るのはある部屋だ。
「ここって何の部屋……?」
紅音が呟く。
「ここはね、ある重要な人が生活するのに使われてたんだよ。施設で一番重要な人だからこの部屋は特別に頑丈に作られてる。あなたたちはこの部屋の中に居て。私がこの部屋を切り離して月の重力を脱出するまで持ってく。」
「できるの?」
「核爆弾の爆風を無理やり抑え込むくらいはできたからよゆーよゆー。」
「すご……。」
統一暦499年9月15日午後6時15分
ガブリエルは壁に肩をぶつけながら通路を高速で飛んでいた。
「ロケット以外で真空に耐えられる設備なんてあそこしかない!」
統一暦499年9月15日午後6時16分
「それじゃ、揺れるからちゃんと掴まっててね。」
作業を終えた琉吏は部屋全体を少しずつ浮上させていく。
「待て!」
ガブリエルが飛んできたのはちょうどその時だった。
「おや、見つかっちゃったか。一気に行くよ?」
部屋全体を一気に施設から剥がすように持ち上げた。空気が一気に逃げ出す。ガブリエルは月の希薄な大気の中に逃げ出す空気と一緒に月面に投げ出される。
琉吏は部屋の外壁が傷つかないように注意しつつ加速していく。
真空で声が伝わらないためガブリエルが口をパクパクしているのだけ見える。
ガブリエルの後からミカエル、ウリエルも出てくる。人工天使の能力か、真空でも窒息するような素振りは見えない。
ガブリエルが空中から水を作り出す。その水は宇宙の超低温で一気に凍り、無数の氷の刃となって琉吏に飛んでくる。琉吏は右腕を左から右に振る。すると、飛んできた氷は向きを逆転してガブリエルのもとに飛んでいく。それをガブリエルは左右に振るようにして避ける。
今度はガブリエルの後ろから高速で迫ってきたミカエルの炎剣が襲う。琉吏は部屋の外壁に左手で掴まりながら左手でその一本を受け止める。しかしミカエルの炎剣は二本ある。ミカエルはもう片方の炎剣を部屋の外壁に突き刺そうとする。琉吏はそれをすんでのところで右手で弾く。
宇宙空間で琉吏の支えを失った部屋は慣性モーメントに従って高速で回転を始める。
「嫌ぁぁぁあぁああぁぁあ!!!」
紅音は必死で壁に掴まる
「ちょ、紅音も自分でどこかに掴まってよ!」
数秒でその回転は止まった。ただ、回転を止めたのは琉吏ではなかった。
外壁に掴まっていたのはウリエルだった。
真空で声が聞こえないが、琉吏は口をパクパクさせてこう言おうとしていた。
『マズった!』
ウリエルは左手で外壁に掴まり、右手でその壁を思い切り殴った。見た目は幼くとも、その力は人工天使のものだ。頑丈に作られているとはいえ、壁には大きな穴が開いてしまう。
部屋の中の空気が一気に外の真空に向かって流れ出してしまう。
琉吏は空気と一緒に宇宙空間に放り出された三人に右手をかざす。
紅音は死ぬと思った。宇宙に放り出されたら窒息が先かな、凍死が先かな、とか考えた。
「……。」
あれ?
紅音は呼吸ができていないのに窒息しそうにないし、凍死するほどの寒さも感じない。
宇宙の無重力の中でふわふわしていた紅音は恵吏と栖佳羅と一緒に琉吏に回収された。
琉吏は一時的に自分たちの周囲に空気の存在する空間を作り出した。
「あなたたちには一時的に加護を与えた!これで気圧と温度の影響は受けないし窒息もしない!」
紅音は加護って、と聞こうとしたがその前に空気が存在する発話可能な空間はなくなる。同時に3人に加護を配りながら動くのは琉吏も余裕がないのだろう。
三人を抱きかかえながら地球に向かって飛ぶ琉吏の後ろからは弾幕のように三人の人工天使が攻撃を撃ってくる。
激しく動いたからだろうか。データが入った端末が恵吏のポケットから飛び出してしまった。
それに気づいた恵吏は琉吏の腕から抜け出して拾いに行こうとする。琉吏は慌てて恵吏を捕まえようとするが、後ろから飛んでくる攻撃に邪魔されて移動の自由がきかない。
ガブリエルも端末の存在に気づく。あれに重要な情報があるのだろうと察した。神の器のデータがあの中に生き残っている可能性があるのだ。ガブリエルはターゲットを端末の方にシフトした。
恵吏は必死で端末を掴もうと手を伸ばす。しかし、ただの人間である恵吏は宇宙空間で推進力を得ることが、当然だができない。ガブリエルのほうが先に端末を掴んだ。
恵吏は諦めず、ガブリエルの足を掴む。ガブリエルは足を振り回して恵吏の手を振りほどこうとする。恵吏はその手を離そうとしない。ガブリエルは氷の弾を恵吏に向かって撃った。恵吏は覚悟した。
「……。…………?」
恵吏は傷ついていなかった。琉吏だった。琉吏がガブリエルに体当たりするようにして弾道を逸らしたのだ。しかし、端末はガブリエルの手にある。
恵吏はガブリエルの足から登るようにしてガブリエルの手の中の端末に手を伸ばす。ガブリエルは精一杯手を伸ばして恵吏の手が届かないようにする。揉み合うようにして端末の奪い合いが続く。
恵吏の伸ばした手の中指が端末に引っかかる。それでガブリエルが手を滑らせてしまったのだろうか。ガブリエルの手から端末が離れてしまった。抵抗の存在しない宇宙で端末は慣性に従って二人から離れて行く。
ガブリエルはすぐに回収しに行こうとした。ガブリエルが手を伸ばしたその時。端末が目の前で粉砕してしまった。
ただの人間の目である恵吏の目にはあまりにも速かったため粉砕の原因は見えなかったが、天使であるガブリエルは端末を破壊した原因を確認できた。
コインだった。高速で飛んできたコインが端末を打ち抜いたのだった。犯人は、琉吏。琉吏が親指で弾いたコインだった。
ガブリエルは目の前で最後の希望を失った。それは恵吏も同じ。
恵吏は慟哭した。しかし、媒質の存在しない宇宙はそんな叫びすら伝えてくれなかった。
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