わりといい人みたい

統一暦482年10月18日午前9時7分

 身体検査とかで時間がかかり、面と向かって話せるようになるまで3日ほどかかった。

 キリストといえば肖像画とかで髭の印象が強いが、管理の都合とかがあるらしく彼は髭を剃られている。健康管理の観点からしっかりした運動プログラムが組まれているので、ずっと研究室の中で暮らしているとは思えないほど筋肉が鍛え上げられている。そんな筋肉質の肉体に加えてそこそこの美形なので街に放ったらモテるんだろうなあ、と琉吏るりは思った。

「ちょいとごめんよ。」

 琉吏は永遠とわから預かった装置の電極を彼の体にペタペタと貼り付け始める。この実験に慣れているのか特に抵抗はない。ただ、人の出入りの少ない環境だからか新しい顔には興味津々みたいだ。ずっと琉吏の顔を見つめている。

「……そんな見つめられたら照れるなあ。」

「あ……すみません。」

 その声は顔と肉体から導き出されるのとはかけ離れているか細い声だった。今にも消え入りそうな感じの。

 もちろん端から普通の人間だなんて思っていないが、それでも何もしていないのに俯いて申し訳なさそうにしている彼は、見ていて感じるものがあった。かといって特に声をかけるとかはしないわけだが。


統一暦482年10月25日午前9時3分

 琉吏がここにやってきて一週間が経った。全体の構造はだいたい把握できた。

 この施設は月面にある無数のクレーターのうち、中程度の大きさ(とは言うもののその直径は数十キロメートルに及ぶ)のものの真ん中に建てられている。

 施設を上空から眺めると大きな十字の形をしている。十字が交差する中心部分には大きなドームが存在し、何か大きな機械を置く予定があるらしい。詳細を聞こうとすると何かまずそうな気がしたのでスルーしていた。十字に伸びる四つの腕に研究室、倉庫、居住区等の設備が詰め込まれている。

 増設などは計画がないとかでなく「しない」らしい。完全な計画のもとに設計されているから今後何か十字の形を崩すような増設をすることはないということだ。どこからそんな自信が出てくるのか琉吏にはいまいちわからなかったが、これも深く詮索するのはやめた。無駄な詮索をしないのは琉吏が今まで生きて仕事を続けて来られたことに繋がるところが多大にある。

 今まで切り抜けてきた修羅場をぼんやりと思い返しながら今日も彼の体に電極を貼り付ける。琉吏はこの装置が読み取った情報をそれらしく先方の研究者さんに伝えるだけでいい。研究者、専門家とか言っても詳しいのは専門の狭い分野だけだ。誰も知らない分野の話なのだからそれっぽいことを言っていればわりと簡単に騙せる。それに、琉吏には永遠とわから教えられた無駄に詳しい知識がある。

「あの、」

「ん?」

 突然、彼のほうから声をかけられた。積極的に声をかけられたのは初めてだ。

「……名前、って……。」

「えっと……高橋たかはし結衣ゆい……だけど?」

「結衣さん……って呼んでいいですか?」

「ああ、うん、わかった。」

 彼は高橋結衣もとい琉吏によく懐いた。琉吏自身もなぜこんなに懐かれているのか分からなかったが、他人に好意を持つなんてことに厳密な理由を求める方が異常だろう。まあそういうものなのか、と琉吏は適当に受け流していた。

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