彼女の想い

統一暦483年10月14日午後6時

 朝倉が熱心に説明してくれたおかげで事情はだいたい理解できた。理解すればするほど「?」が湧いて出てきたし、未だにその全てを信じ切れてはいない。でも、琉吏るりは朝倉から彼女が知っている(完璧な理論に裏付けられているだけで実験的証明の存在しない仮説に過ぎないが)全てを教えてもらった。

「そのループってやつさあ、あらゆる可能性って本当にあらゆる可能性ってことでいいの?」

「うん。理論上は無限にループを繰り返してるはずだからね。」

「じゃあ……。」

 私とあなたがもう少し仲良くなることもあったのかな。なんてことは言えるはずもなく。

「あんたが見た目通りのアタマしてることもあったのかな。」

「それ、どういう意味?」

 朝倉はぶすっとした顔になる。

「言葉通りの意味だよ。」

「ほんと、何言ってるんだか。私はいつだって天才なんだよ?ほら、明日なんだから早く寝なさい。」

 ふと、琉吏は大事なことに気づく。

「そういえば私、あなたの名前知らないかも。」

 口にして琉吏は気づいた。なんで私はこいつとこんなに親しくしているんだ。

 ただのクライアントの関係のはずだった。それに、初めて会ってから一週間も経っていない。名前を聞くなんてこの仕事をする上で最も重要なことの一つである詮索をしないということに反してしまっている。プロとしてあるまじき失態だった。

「ごめ……」

 慌てて謝罪しようとしたが。

永遠とわ。朝倉永遠だよ。そういえば、私自身のこと話してなかったよね。明日はもう行っちゃうんだし、なんか聞きたいことあったら聞いてよ。」

「……旦那さんて、どんな人?」

「ああ、あきらさんね。真面目だけどたまに暴走しちゃうの。私がちゃんと見守ってあげたいね。それに……。もうすぐこの子も生まれるし、まだ頑張らないとね。」

「妊娠……してるの?」

「うん。今は15週くらい。」

「そっ…………か……。」

「……ほんとはさ、私が行きたかったの。ほかの人に任せられる気がしなくて。もともと反対はされてたんだけど、この子ができちゃったから。」

 思っていたより重いものを任せられていたことに琉吏は気づいた。この依頼は成功させなくてはいけない。仕事としての責任とかではなく、永遠とわのために。自分のためにも。

「さ、明日からだよ。……さようなら。」

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