月面

統一暦499年9月15日午前2時

 サンフランシスコ湾。その真ん中に浮かぶ人工島には政府の研究機関が所有するロケット発射場があった。今日もそこではロケットが発射される。エルネスタの横で、世界を統一するネットワークを管理するAIであるACARIを宿した少女は発射されるロケットを見守っていた。

 エルネスタはちらりとアカリの方を見やり、言った。

「あなたはネットワークから離れてはいけません。月にはネットワークの電波が届かないし、通信にはラグがある。あなたが行けないのは仕方がないことですよ。」

「何か誤解をしているようです。私は恵吏えりさんと常に一緒に居たくて月までついて行きたいなんて考えていません。」

「……ふふ、あなたってたまに面白いですよね。」

「何がですか?」


統一暦499年9月15日午後5時

 地球上の時間は経度によって時差が設定されている。では月面の時間はというと、協定世界時がそのまま使われている。便宜的にその方が楽なのだ。

「ふう。あんな狭い中に7時間も閉じ込められちゃ嫌になっちゃう。」

 まずロケットから降りてきたのはガブリエルだった。それに続いてミカエル、ラファエル、ウリエルが降りてくる。

「さて、今回の任務の復習よ。」

 ガブリエルが三人の方に振り向いて言う。

「ルキフェルの言うことには、ここに何者かが侵入してくる可能性が高いらしい。計画の最重要施設であるここがやられては困るから何かあったら即座に対応できるように私たちを配置しておくんだって。それで何か起きたらその元凶を捕まえて、7日間何もなかったら帰れる。わかった?」


統一暦499年9月15日午後5時20分

「……誰もいなくなった?」

「みたいだね。」

 恵吏、紅音あかね栖佳羅すからの三人はようやく狭いコンテナの中から抜け出した。

 栖佳羅は端末を取り出して三次元見取り図を表示させた。

「今私たちが居るのは、ここの貨物倉庫です。そして、目的地は神の器の試験機が置いてあるこの部屋。途中にある隠れる場所のない直線通路はもちろんのこと、最重要施設なのであらゆる警備システムが常に張り巡らさています。」

「データを盗むだけなら……。」

「データを盗むだけなら研究所内部のデータにアクセスできればいいだけではないか。そんな簡単なわけないでしょう。最重要なだけあって彼の……神の器のデータは神の器の試験機と一緒に実験室内の外部とは完全に遮断されたネットワーク内部にのみ存在します。どうあってもこの警備を潜り抜けなければいけないわけです。しかも……人工天使を投入されました。見つかったら終わりでしょうね。」


統一暦499年9月15日午後5時20分

「ここが私たちの部屋?もしかしてこの部屋一つしか充てられてないわけ?!」

「仕方ないでしょ、もともと来客を想定して作られてるわけでもないし。」

 文句たらたらなミカエルを尻目にガブリエルは千八百年以上前の遺物のゲーム機で遊んでいる。不機嫌なミカエルを見てラファエルはおどおどと挙動不審気味である。

 そんなラファエルよりもさらに幼げな、4人の中で一番幼い見た目の少女、ウリエルは窓の外に見える荒涼とした月面を眺めてぼんやりとしていた。

「何?もうホームシック?」

 ガブリエルはウリエルに言う。

「……」

「うんともすんとも言わない。ああ、『うん』とか『すん』とか言うのはナシよ?」

 もちろん、ウリエルは「うん」とも「すん」も言わない。

「……。まだ『彼』のこと引きずってるわけ?」

「……。あ、ごめんなさい、聞いてなかった……。」

 ガブリエルは小さく舌打ちをした。

 それと大きな警報が鳴り響いたのはほぼ同時だった。

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