なんで?
統一暦499年8月20日午後9時31分
「……あなたは私が会いたいと望む
アカリは黙り込む。
「……とりあえず、私はあなたの味方をしようって思う。」
「……わからないです。」
アカリは小さく呟いた。
「……とりあえず、恵吏ちゃんたちがどうしたいか決めるまではエルネスタをうまいこと誤魔化しとくぞ。」
「どうする?あかりん、アカネの部屋にお泊りさせとく?」
「できれば私の部屋に連れてきたいけど……。」
アカリは相変わらず不審げな目で恵吏を見つめていた。
「できなさそうだね。紅音、頼める?」
「うん、全然だいじょーぶ。」
「じゃ……お願い。」
統一暦499年8月21日午前9時27分
アカリは風邪を引いているかのようにおでこに氷嚢を載せていた。エルネスタによるネットワークを介した捜索を撒くために演算処理が増え、その負荷のために高熱を発してしまうのだ。
「いつまでもこうしていても灯の負担になるだけだから、早くどうにかしないと……。」
「でも、どうすれば……。」
恵吏と紅音は頭を抱えていた。灯はエルネスタから離れたいと言っている。しかし、エルネスタの追手から隠れていると灯の体に負担がかかりすぎてしまう。
と、そこでインターホンが鳴る。やってきたのは聡兎だった。紅音は聡兎に相談した。
「ほう、灯ちゃんの負担にならないように、かつ灯ちゃんの望むようにエルネスタとの距離をとっていたい、と。……スイス、とかは?」
――スイス。世界で唯一、ネットワークと接続しない人々が暮らす土地。
永世中立国であるここは、先の大戦にも参加しなかった。そのおかげで世界統一の際にも特別扱いされ、ネットワークによる統治を受けないことが取り決められた土地になっていた。即ち、ここではネットワークを介した捜索の手が及ばない。
もちろん、その代わりに軍隊や警察の巡回が強化されているのだが。
「どうやってあそこに忍び込むつもり?射殺されるか一生牢の中が関の山でしょ。それにあそこは……ネットワークがない。捜索の手が届かないけど、灯がネットワークから離れることでAIが活動を停止する。」
「まあ……そううまくいかないよな。……計算してみたんだよ、灯ちゃんのデッドライン。今の冷却で平熱を保ってる状態から冷却をやめると、凡そ24時間で脳の蛋白質が凝固を始める。つまり、今の状態で24時間灯ちゃんを放っておいたら死ぬ。なんとかしてネットワーク中のすべての端末を一つずつ騙して回るなんていう馬鹿げた量の演算をやめさせないと危険だ。」
統一暦499年8月21日午前10時10分
「話したいことがあるんだけど。」
ようやく目を覚ましたアカリに恵吏は言った。
「口にしなくても大丈夫です。」
ACARIはネットワークに接続している人間の脳内の情報を読み取ることができる。
「私は大統領とも、あなたとも、和解する気はありません。私を利己的に使おうとしている人間とも、自分の理想のために世界を振り回すような人とも、協力する気はありません。」
「でも、」
「分かっています。……こんなことをしていても、私は長くもたないと。しかし、一時的と言えども、彼女の計画は賛同できるような内容ではありません。」
統一暦499年8月28日午後6時32分
恵吏は毎日アカリと話した。灯自身の体がもたないということも話したが、専らその内容は世間話。何にせよ、相手は思考を読めるAI。議論になるわけがなかった。
そして一週間。
2日目から、アカリは恵吏の話に反応しなくなった。しかし、今日になってようやく相槌のような反応を返すようになっていた。
「……一週間です。あなたが話しかけるようになってから。あなたは何を考えているんですか?いえ、あなたの狙いはわかります。少しでも心を開いてくれないか、なんて甲斐ない期待は。私はこんなにあなたを拒否しています。なんで私にそこまでしてくれるんですか?あなたをそこまで動かす感情というのが理解できません……。」
「うん……。それは……、」
恵吏はアカリの顔の向こうの何かを見つめているような目線で言った。
「好き、だからかな。」
統一暦499年8月28日午後8時
紅音がほんの少し部屋を出た隙に、アカリに留守を任せた隙に、紅音の部屋からアカリが連れ去られたのはその日のことだった。
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