測定と空飛ぶ円盤

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「水上玄狼さん!」


名前を呼ばれた玄狼は控室のドアを開けて廊下へと出た。外では薄青色パステルブルーの制服を着た女性職員が待っていた。


彼の前に呼ばれた賢太が出て行ってから十分以上が経っている。測定結果は個人情報として厳重に管理され決して他人に知られることがあってはならない。

その為に測定作業が重ならぬよう個別に検査が行われるため待ち時間が長くなることは事前に説明があった。


もう一つの特記事項としては服を検査用のものに着替えさせられたことが挙げられよう。昨晩、ホテルについてからは六名とも私服を着用していた。それが測定には不適切という事で検査用の服に着替えることになったのである。

ただ全員下着まで着替えさせられたのには驚いた。


着替え用の服や下着はすべてセンター側で用意されていた。下着は伸縮性のある薄手の黒い生地で検査用の服はプルオーバー式の貫頭衣チュニックだった。

脱いだ服は全て手渡されたナップサックに詰めて高田先生が預かってくれることになった。


薄緑色パステルグリーンのそれを着て女子達が待合部屋から出て来るまで玄狼達男子は廊下で待っていた。

女子が着替える前に部屋を出ていく男子三人に向かって郷子が


「覗かないでね。」



といたずらっぽく笑いながら言った。続いて志津果が玄狼を指差しながら



「特にそこの ”むっつりスケベ” の覗き魔には要注意やから・・・賢太、団児、ように見張っとってな。」



と真面目な顔で頼んだ。

それを聞いていた女性職員と高田先生が玄狼を見ておかしそうに笑った。大人の女性たちに笑われて彼はものすごく恥ずかしい思いをした。



「全く志津果の奴! なんであんなこと言うんや! それも知らん人の前で・・・」



そう言って憤慨する彼のそばに賢太が来て宥めるように言った。



「玄狼、お前は ”むっつり” なんかちゃうわ。結構しゃべる方やと思うし。

そこんとこは親友の俺がよーうに知っとるきにあんまり気にすな。」


「・・・頼む。親友やったらそっちの方やなしに ”スケベ” の方を否定してくれ。」



それが今から一時間以上前のことだ。他の五人は既に呼ばれて出て行った後である。玄狼が最後に残った一人だった。


そして今は案内役の女性職員の後ろについて廊下を歩いている。前を行く女性職員と自分の他は誰にも会わなかった。


暫く歩くと人がひとりしか通れないような狭い通路が現れた。左右の壁面に何かのセンサーのような突起物がいくつも埋め込まれている長さ二メートルほどの通路だった。


先を行く女性職員がこれは念能触媒スプルトニウム等を隠して身に着けていないかのチェックをするための通路だと教えてくれた。


玄狼はふと郷子はあの超精霊合金鋼スーパースプルテンの指輪をどうしたのだろうか? と気になった。

着替えるときにナップサックの中に入れたのだろうか? そして彼女の胸の容量をかさ上げしていた筈の例の物体とやらは一体どこへ・・・・


未知の秘めやかな存在に対する若き少年の疑問は尽きることがなかった。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




彼が最初に案内されたのはこじんまりとした小さな部屋だった。賢太は既に次の測定検査に向かったようで部屋の中には中年男性の測定員以外誰もいなかった。


部屋の中央部分に一抱えほどの円筒形をした柱のようなものが床から天井までを貫いている。その半周部分が透明になっていて中に円盤状の分厚い金属板のようなものが入っている事からそれがただの柱でないことは直ぐわかった。


円盤の両端には四角い切溝があってそこに昇降の際のブレを防止する金属製のガイドレールが通っている。

中心を突き抜ける太いシャフトは円盤の動きを制御して上下させるための人工斥力を供給する為のものであろう。


どうやらその円盤の上昇する距離によって念能値を測定する仕組みになっているようだった。



「最初に確認します。あなたは水上玄狼さんですね。」


「はい、そうです。」


「ではこちらに来てそこに座ってください。」



言われるままに指定された椅子に座ると目の前に左右に分かれた操縦桿のような形をしたレバーがあった。今度はそのレバーを両手で握るように指示された。


グリップ部分はプラスチックのような灰色をした滑らかな素材で細かい滑り止めのような凹凸がついている。おそらくその部分が念導ファイバー体なのだろうと玄狼は思った。



「レバーを握ってゆっくりと引いてください。ハイ、それでOKです。」



レバーを引くと床から円盤がスーッと浮き上がって高さ一メートルぐらいのところで静止した。測定員が続けて言った。


「はい、そのままの姿勢で筒の中の円盤がもっと上に揚がるようにゆっくりと念じてみてください。ゆっくりとですよ。レバーは緩めないようにしてくださいね。」



玄狼は言われた通り薄く念を込めた。僅かに押し戻されるような感覚がレバーを通して彼の手の中に弱々しく伝わってくる。

拍子抜けするようなそれに半ば呆れて念をぐっと強めるとストンッと何かが抜けたような気がした。見れば円筒の中の円盤が天井近くまで跳ね上がっていた。


ところがあいにく測定員はその状況に気付いていなかった。彼は何か時間が気になることでもあるのか壁にかかった時計の方を見ていた。



「えっ、これ、ええんかな? これ以上、念を込めたら天井に当たってしまうん違うんか? まだ全っ然っ、余裕なんやけど・・・お、おうっ!」



突然、強力な抵抗がかかって円盤はギュンッと下降した。物理的な圧力と錯覚するような感触が両手の掌を通して流れ込んでくる。


どうやら円盤と天井部分の接触による破損防止のために円盤にかかる斥力能の強さに応じて負荷抵抗力が自動的に調節されるシステムになっているらしい。ただ、急激な負荷変化に対するセンサーの反応が若干遅いようだ。


果たして自分が持つ念能を思いっ切り注ぎ込んでも大丈夫なのか? 

状況から判断するとこれはおそらく斥力能を基準にして念能強度を測定する検査だろう。円盤の急激な上昇に対してブレーキが自動的に働く仕組みがあるらしいからおそらく心配ないのだろうが係員からその後の指示がない・・・・



測定係の職員は壁の時計を見ながらチッと舌を鳴らした。今日は土曜日で非番のはずだったのに同僚が突然急病で休んだせいで出勤する羽目になってしまった。



『ホントなら今頃は鷹松競輪場でスポーツ新聞杯のレースを眺めながら盛り上がっているはずだったのに・・クソッ!』



大体、こんな地方の小学生の男子に大した念能なぞあるはずがない。かく言う自分だって10・0段階評価の3.2しかないのだ。

それでも男性の全国平均の3.0よりは微かに高いのだからまだましな方と言えるかもしれない。



『さっきの子も斥力能強度は33N(ニュートン)だったし。小学生にしては大柄な男の子だったが念能と体格は全くの別物だからな。

今度の子はちょっと見には女の子のように見えるような美形だが所詮男の子だ。

検査するほどの意味はまずないな。

ああ、サッサと終わらして適当な理由作って早退しよう。


今日は日中開催だから昼からのレースならどうにか間に合うだろ・・・

ま、とりあえずこの子のデータを確認してと・・・・なんだこりゃ?


斥力3N(ニュートン)・・・


ハッ、馬鹿々々しい。予想以下のゴミ能力だな。無いよりましかっていうか無い方がましなんじゃないかってレベルだぞ、こりゃ。』



この装置においては測定数値は視認性の素早さを優先するべくデジタル表記ではなく指示針ポインターによる円形のアナログ表記で表される。

彼が覗き込んだ時、指示針ポインターはゼロの位置から約3メモリ進んだところで止まっていた。


もし彼が競輪の事など考えずに円盤の動きと指示針ポインターだけを見ていればその値は針が二周した後のものだと気づいたはずだ。


軽負荷用であるモード1で一周100N、中負荷用であるモード2で一周1000N、強負荷用であるモード3で一周10000Nまで計測できる。

モードは指示針ポインターが一周する毎に自動的に切り替わる仕様になっていた。


つまり現在はモード1を振り切り、モード2も飛び越えてモード3に切り替わった状態だから300Nという事になる。市販の台秤で言えば30kg重に相当する負荷だ。

インジケーターの上にあるパイロットランプはモード1の青色から次のモード2の緑色を超えてさらにモード3に切り替わったことを示す黄色に変わっている。


しかし測定員はそのことに気付かないまま玄狼に更なる念能の加増を促した。



「よし、じゃあ今度はできる限りの念を出し切ってみようか。もしこれ以上は無理そうならそのままゆっくりとレバーを元の位置に戻してくれたらいいから。」



レバーを手元に引くことでいきなり円盤が地面に叩きつけられるのを防ぐための人工斥力が発生する。測定が終わればレバーを元の位置に戻すことで円盤もゆっくりと床の上に着地する仕組みだった。


玄狼は言われたままに抑えていた念能を解放した。



その瞬間、ドドォーンという凄まじい音と震動が起こった。円盤が弾丸のような勢いで円筒の最頂部のコンクリート壁に衝突していた。円筒体の内部にパラパラと白いかけらが粉雪のように舞い落ちてくる。


たちまち緊急モードに切り替わった計測機が円盤を押し下げようと猛烈な負荷抵抗を発生させた。油圧式の圧延機を思わせる動きで円盤がギリッギリッと下降を始める。

同時に真っ赤な色に変わったパイロットランプがヴィーン、ヴィーンというけたたましいアラーム音とともに点滅を始めた。


玄狼の両腕に硬い棒を突き通されるような抵抗感が浸透してくる。そこで呆然とした表情の測定員と目が合った。彼は玄狼を見て壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように首を左右に激しく振った。


玄狼はそれを ”やめるな! 続けろ!” という合図だと受け取った。今や両掌に押し込まれる抵抗感は痛みと錯覚するほどに強まっていた。

彼は目を瞑ると両掌に意識を集中させた。巫無神流独特の鼻で二吸、口で一呼の呼吸法を使って息を整える。途端に頭の中がスウッと冷たくなったような気がした。


やがて体の奥の何処とも知れぬ部分から途方もなく巨大な力が湧き上がってくるのが分かった。彼は体の中から怒涛の如くあふれ出んとするを思いっ切り操縦桿のような左右のレバーに注ぎ込んだ。


ミシッという感触が部屋の中に満ちた。人工斥力がひねり出したほぼ一トン近い抵抗力をものともせず玄狼の注ぎ込んだ斥力能が圧倒的なパワーで円盤を押し上げる。


天井壁に密着して逃げ場のなくなったそれがさらに容赦なく押し付けられていった。

バキッ、メキッという不気味な音が測定室の中に響き始めた。


ついに天井の壁部分が強大な圧力に耐え切れずに崩壊して砕け散った。それによって中心を通るシャフトの先端を固定していた天井の軸受けフランジも吹き飛んだ。


固定金具が千切れ飛んでむき出しになったシャフトの先端から円盤が抜け出た。

それは今まで円盤に供給されていた下向きの人工斥力が一挙にゼロになったことを意味した。


次の瞬間、ドゴォォォーンという衝撃音が建物全体を震わせた。計測器の円筒部分を砲身として垂直に打ち上げられた砲弾の如く円盤は建物の上層部を次々と破壊しながらドームの天井を突き破って外の何処かへと飛んで消えた。


同時に測定員が思い描いていた午後からの姑息な目論見もはかない夢と化して消えていった。








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