第21話 引っ越し

  引っ越しの日までは、長いようで短かった。授業の課題、テスト、プレゼン、小論文はひっきりなしに降ってきた。こなしながら、休学の手続きや学部への連絡手段の相談などを進めた。引っ越しに関しても、大学に申請しておく必要があった。

  フィールドワークでは、通常では入れない遺跡にも入る為、警察への申請も必要だった。エジプト国内を動き回る為の車とドライバー、フライト手配等やる事は様々。観光会社に全委託することも考え、見積りを取り寄せるなど目まぐるしく日々は過ぎていった。

  予定が合わず、恵理子さんの新年会には出席できなかったが、私がエジプト全土を回る話をどこからか聞きつけたらしく、ルクソールに来るならルクソールで会おう、と連絡が来た。恵理子さんはガイドを辞めたらしく、発掘隊のパートナーと共に、ルクソールに住んでいるのだと言った。

  今の家を引き払うと奈津に伝えたら、自分がその後に住む、と名乗り出た。

「留学生達の世話も引き継ぐから、レイ達は安心して、甘〜い新婚生活楽しみなさい」

と冗談めかして言い、大家との話し合いもスムーズに進んだ。いつの間にか、大家とも茶飲み友達のようになっているらしかった。


  そして、学期の3分の2が過ぎ、引っ越しの日がやってきた。忘れ物あっても置いておくから大丈夫だよ、と奈津が見送ってくれた。「私荷物少ないから!邪魔してごめんね?」と、前日の夕方に奈津は引っ越しを済ませていた。

  引っ越し業者を頼もうかと思ったが、シーシャ仲間の友人が手伝ってくれるというので、言葉に甘えた。いつの間にか荷物は少しずつ増えたが、家具家電が無い分少なく、2人合わせて軽トラック1台分くらいだった。早朝のうちに、荷物をマアディの新居に運び込むと、友人は、またシーシャの店で、と言って帰っていった。楓と付き合い始めてから足が遠のいていた為か、心配していたらしい。

「レイ、そう言えば、深夜に遊びにいかなくなったもんね。一緒に住み始めた頃は、毎晩行ってたよね?」

友人を見送って楓が言った。

「大事な楓が家にいるのに、深夜に遊びに出るなんてしないよ。」

「ふぅん。」

「あ、今、喜んだでしょ。」

「別に!さ、片付けよ!」

パタパタと家に入っていく彼女の後ろ姿を見ながら、自然と笑顔になった。後を追い、マンションの入り口から2階へ続く、大理石の広い階段を上がった。


「ねぇ、たまには、夜行ってきたら?仲間で騒ぐのも、いいんじゃない?」

楓がダンボールから食器を取り出しながらいった。

「うん...。休学入る前には、一回くらい行こうかな。楓も行く?」

「私は留守番してる。邪魔したくないし。」

「そっか。ありがとう、気にかけてくれて。」

「...浮気はしないでよ。」

「するわけないでしょ。少しは信用してよ。」

「...うん。」

「その微妙な間が気になるんだけど。」

「だって、レイ、手早いから。」

「...そう言われると、何とも...。なんかごめん?」

「それにさぁ...10代の頃の女の子って、お姉さまに憧れたりするじゃん?なんかそこにぴったりハマりそうだから心配。」

「...楓は、女の子相手ばっかり心配するんだねぇ。」

「だって、レイは最近ずっと男の子要素満載だもの。男相手は心配してない。」

「あ、そうですか...」

あっさり言われると複雑な心境になる。これでも、男性にモテた頃もあるんだけどな、とキッチンを離れリビングへ行く彼女の背中を見ていた。


  リビングの真ん中で、窓の外を見ながら、楓が嬉しそうにはしゃいでいた。

「本当に素敵な部屋だよね!窓の外何もないし、誰も通らないし!開放感すごい!」

私もキッチンを出て窓の外を眺めた。

「そっか、誰からも見えないんだよね、この部屋。見えるとしても、向こうの方を走る車からくらいか。」

「車からこっちは見ないでしょー?あんなに遠いし。」

「ふぅん。じゃあさ、カーテン閉めずに、こんなことしても許されるね。」

私は後ろから抱きしめて、楓の耳を噛んだ。一瞬で彼女の力が抜け、陥落したのがわかって、クスクスと笑ってしまった。

「意地悪...。」

「本当に耳弱いよね。悪戯のし甲斐があるよ。」

服の上から下着をずらし、首を軽く噛むと彼女の唇から声が漏れた。

「...まだ、お昼前だよ...?」

「切ない声出しといて、よく言うよ。」

唇を重ね、彼女が大理石の床に崩れ落ちるのを見て、聞いた。

「止める?」

「...止めない。」

「じゃあ、遠慮なく。」

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