第19話 駆け込み寺
休学前最後の学期が始まった。予定通り、私は卒業までに必要な単位分全てを取り終わるようスケジュールを組んだ。休学が終われば、論文を提出、発表して卒業できる目処がついた。
楓もかなり授業を詰め込んだらしかった。その中に、基礎エジプト考古学を学ぶ、エジプトロジー101というクラスがある、と嬉しそうに報告をしてきた。私と同じことを学べるから嬉しい、と。
随分、楓のイメージが変わったな、と思った。大人びていて、アクティブな美人というイメージだったが、付き合うようになってからは、幼い少女のような一面も見えるようになり、彼女が甘えてくれているのを感じるようになった。それが無防備で、罪悪感を増幅させるんだけどな、と目の前でテキストと睨めっこをしている彼女を見ていた。
私は授業の課題は休み時間に終わらせてしまうので、家では論文以外はやらないし、テスト勉強をするタイプでもないから、ダイニングのテーブルで課題や復習に取り組んでいる様子が新鮮だった。おかげで彼女の勉強を見られるのだが、彼女は「私は、レイみたいな天才肌じゃないもの」と悔しそうだった。
私は彼女の課題を見ながら、学期終了後の予定をたてていた。いつカイロを出て、どこに行くのか。
ミニヤやテルエルアマルナといった私のフィールドワーク地の中心である中部エジプト。そこに何度も足を運ぶことになるかもしれない。私にとってはかけがえの無い大切な遺跡で、何日いてもきっと飽きないが、楓にはつまらないかもな、と少し心配に思った。
有名な遺跡のある南のエリアは、私は行ったことがあるからやめようかと思っていたが、楓は行ったことがないというし、連れて行ってあげたい。せっかく行くなら、あそこに1泊して、神秘的に輝く夜の神殿を見せてあげたい。あの有名なホテルに泊まらせてあげたい。海は紅海も地中海も違う美しさだし、両方でノンビリしたいだろうな。
そんなことを考えながらリストを作っていたが、全て、楓中心に考えている事に気づいて、自分で自分に呆れた。あんなに一緒に来ることを懸念していたのに、一緒に旅をすることをこんなに楽しみにしているなんて、と。
そしてふと、この家にこだわる意味はないよなぁ、と思った。アルバイトと大学を考えて、また留学生達が来やすい場所も考慮に入れて今の場所に住んでいるが、バイトは一旦終わるし、大学にだけ便利なら良いのではと思った。
留学生達はもう良いかな、と思い始めていた。駆け込み寺のように色々な留学生を助けてきた。睡眠薬強盗にあった子や、スリにあった子など、色々いた。しかし、そもそも私がカイロにいる時間は少なくなるし、潮時かもしれない。私がいなくても、今度は奈津が面倒を見てあげられるだろう。奈津は留学期間が終わったら、そのままカイロの観光会社に就職する予定だと言っていたから。
私には楓がいるし、彼女との時間が大切だった。もう少し、こじんまりとした家で2人で、誰にも邪魔をされずに過ごしたいと思った。
「ねぇ、学期終わったら引っ越さない?」
「え、どこへ?」
「マアディとかどうかな。」
「え、素敵!」
マアディは、欧米諸国からの富裕層が多く暮らし、エジプトでありながらアメリカやヨーロッパのような雰囲気が溢れるお洒落なエリアだ。こじんまりとしたコテージタイプの家や、マンションも1LDKや2LDKのお洒落な内装の家が多くなる。今の家より、家賃は高くなるだろうが、環境は良くなるし、楓と暮らすには似合う町のような気がしていた。
「今度の休み、不動産屋行ってみようか?」
楓は嬉しそうに頷いた。
「どんな部屋が良いとか、あるの?」
「うーん...窓が大きくて...リビングが広いのがいいかな。あと、寝室はレイと一緒がいい。」
「...楓はエロいなあ...そんなにシタイの?」
「ち、違っ!ただ、くっついて寝たい日だってあるの!」
赤くなって、必死な様子に笑ってしまった。
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