第100話

 カミル達が食後のお菓子を楽しもうとしていると、突然何もない空間に亀裂が入り、ひょっこりとアベルが顔を出した。


「やぁ!皆お待たせ~食後のお菓子を食べに来たよ。」


「お、良い時に来たなアベル。」


「あ、ミノル~これに入ってた料理美味しかったよ~ホントありがとね。」


 アベルは私に空になった弁当箱を返却してくれた。


「問題ない。もし、これから先にこんな時があったらまたシグルドさんに届けてもらうよ。」


「うんうん!!そうしてくれると助かるなぁ~。ちょっとこれから忙しくなりそうだからね~。」


 大きくため息を吐きながらアベルは空いている椅子に腰掛けた。


「忙しくなるって……あれか?人間がたくさん攻めこんできたりするってことか?」


「ま、大方そういうこと。ボクとアルマスが同盟の動きを見せてるから……その前になんとしても国境を突破したいんだろうね~。」


 うんざりしたようにアベルはぼやく。


「そういうことか。でももうあと四日だし……。」


「あと四日もあるんだよ~!!はぁ~こんなことならもう少し期限を前倒しにするべきだったなぁ~。」


「まぁまぁ、これでも食べて少し元気を出してくれ。」


 私はアベルの前に今日のデザートを置いた。今日のデザートはミルクレープ。クレープ生地を生クリームとともに何重にも重ねたデザートだ。何重にもなったクレープ生地の独特な食感と間に挟まっている生クリームのフワッとした食感が病み付きになるデザートだな。

 普通はだいたい20~25枚ぐらいのクレープ生地を重ねて作るんだが……今回は大食いのカミル達のことを考えて2倍位のクレープ生地を重ねた。故にとんでもない大きさになっている。


「ふぇ~……今日のはすごいおっきいお菓子だね~。」


「カミル達がたくさん食べるって言うからな。普通はこの半分ぐらいの大きさだ。」


「これの半分では少ないのじゃ~!!これぐらいがちょうど良いのじゃ。」


「うんうん、それにお菓子は幾らでも食べられるしね~。」


「ミノルの作るお菓子ならこれぐらい余裕……。」


 驚くアベルに、口々にカミル達が言った。


「ボクだってミノルが作ったやつなら幾らでも食べれるよ?こと大好きなお菓子ならなおさら……ねっ?」


「ノノもお師様の作ったものならたくさん食べれます!!」


 カミル達に張り合うような形でアベルとノノは言う。今のアベルの表情からは、さっきの暗い表情は消えていて寧ろ楽しそうな表情に変わっていた。


「じゃあ早速食べちゃおっかな~。いただきま~す♪」


 フォークで大きくミルクレープを切り分けて、アベルはそれを一口で口にした。そして幾度か噛み締めると、次第に表情が蕩けてきた。


「んふふ~……幸せ。ふわふわで甘くてとっても美味しい。」


「今となっては、この瞬間の為に生きておると言っても過言ではないのじゃ~。」


 カミル達は幸せそうにミルクレープを食べている。いつも幸せそうに食べてくれるから、こちらとしては嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 そして皆の皿の上からミルクレープが無くなった頃には、皆幸せそうで満ち足りたような表情を浮かべていた。


「どうだ?ちょっとは元気出たか?」


 私は満腹になったお腹をさすっているアベルに問いかけた。


「出た出た!!も~バッチリ……これで明日も頑張れるよ~。」


「それならよかった。元気が出たところで……一つ質問があるんだが、いいか?」


「ボクに答えられることなら聞いてくれても良いよ~。」


「なら遠慮なく聞かせてもらおうかな。……何でアベルは人間に優しくするんだ?」


 ずっと気になっていたその事について私はアベルに問いかけた。すると、アベルは先ほどまで浮かべていた幸せな表情とはうって変わり、いつになく真剣な表情を浮かべながら口を開いた。


「本当ならあんまり答えたくない質問だけど……今回は特別に教えてあげるよ。カミル達も気になってたんでしょ?」


 チラリとアベルがカミルとヴェルの方に視線を向けると彼女達は一つコクリと頷いた。


「……ボクはただ平和に過ごしたいだけなんだよね。人間だから魔族は敵……魔族だから人間は敵……っていう固定概念が嫌いなんだ。魔王だから勇者と戦わないといけない……そして配下の魔族の皆はボクを勝たせるために命を懸けて働かないといけない。……そんなのは間違ってると思うんだよ。命は人間も魔族も役職も何も関係ない平等なものなのに……ね。」


 アベルは自分自身の思想を私たちに向けて真剣に語る。


「ボクが人間に優しくする理由はね、ただボクや勇者のために誰も犠牲にしたくないから……ただそれだけなんだよ。」


「…………。」


 私の方を見て、最後に質問の答えを言ったアベル。そんな彼女に私はかける言葉が見つからなかった。

 彼女が持つ思想を聞いたこの場所にいた誰もが、言葉を発することができなかった。


 沈黙が場を支配する中、アベルが口を開く。


「はい!!辛気臭い話しはお終いだよ。食後のお菓子も食べ終わったし、お風呂?……だっけ?あれに入りに行こ?ねっ?」


「あ……わ、わかったのじゃ。」


 そしてアベルはカミル達を引き連れて浴室へと向かう。


 後にアベルのこの思想が私がこの世界に呼び出されたことに深く関わっていることを知るのだが、今の私はそんなことを知るよしもなかった。

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