第8話 想いは表裏

 彼女を最初に見たのは、一年前。


 俺がまだ高校二年生の、今頃みたいな、かなり暑い夏の日だった……―—


『陽葵~零時~!!』


 この頃から河川敷で絵を描くのが日課になっていた俺は、もう長い付き合いの親友零時とここで気長に過ごしていた。


 遠くからでもセミの鳴き声をかき消してしまうほどの大声を発しているのは、高校からの仲間のテツだ。


 元々中学の時から行く先々で顔を合わせていた顔見知りだったけど、偶然高校で再会をして以来、こうしてつるむようになった。


『……お前、その手に一杯のアイスの棒切れは何だ』


 零時の言葉で奴の手元を見てみると、本当に何故か、手に一杯のアイスの棒があった。


 また訳の分からないことを考えているんだろうと思っていると、ドヤ顔で棒を差し出してきて言った。


『見てくれ! 当たったぜ!!』


『『……当たった?』』


 俺達は鐵が持っている棒を見て、【当たりだよ】とそのうちの一本に書かれてあるのを見つけた。


 つまり、当たりとはこのことらしい。


 すかさず零時が怪訝な視線を送る。


『……ところでお前、一体いくら注ぎ込んだ?』


 俺もそれは気になった。


 不安気に視線を送ると、鐵は歓喜なのか悲哀なのか分らない涙を流しながら答えた。


『……一……万……え~んっ!!』


『ぶ!! マジか』


『それは馬鹿過ぎだ!!』


 珍しく吹き出す零時に続き、俺は鐵の頭を叩いて言ってやった。


『だ!! お前っ……、陽葵、俺の自慢の頭になんてことしやがるバカ!!』


『バカはお前だろクソ馬鹿!! 一万も使って当たったのなんてたった千円だろ!! マイナスだろ!! 今月金ねえって言ったのはどこのどいつだ!?』


『あっ。やっべ!! そうだった……つい千円当たるよ♪のキャッチフレーズに踊らされちまった……』


『——馬鹿だ。ここに、救いようのない馬鹿が居るぞ』


『ああ。正真正銘のな』


 零時と二人愕然としながら家に帰ろうとする。


『ちょ……っ、お前ら待てよ!! いや、待ってください!! ……っ、お、お待ちになって!?』


 勝手に寒い一人芝居を始めた鐵は置き去り、俺達は華彩に顔出しに行くかなんて話していた。


 そんな時、俺は道行くその子を偶然目にした。


『……っ』


 初めて人に、言葉が出てこないほど見入っていたと思う。

 風に肩まで伸びた髪を靡かせながら真顔で颯爽と歩いている彼女は、何だか雰囲気があって、カッコいいとさえ感じた。


 俺は彼女が見えなくなるまで、気が付けばその姿を目で追っていた。


『おい、陽葵どうした?』


『……いや、でも悪い。零時、俺今日は真っ直ぐ帰るわ!』


 衝動的なものだった。


 ―—心がざわつく。


『陽葵!?』


 こんなこと初めてだった。零時の声にも立ち止まらないで、俺は家まで一直線に走った。


『……プルルルル』


 何時から鳴っていたのか分からない家電の音。


 それをも無視して飛び込むように入ったのは、俺の部屋。


 ガタガタと騒がしい音を立てながら、鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出し、真新なページをめくると、そこに向かって無我夢中で鉛筆を走らせた。


 瞬間的に目に映った彼女を思い出して、絵を描き上げていく。


 どれくらい没頭していたかわからない。


『——……ふぅ』


 息ついた時には、携帯に零時からの連絡が何件も入っていた。


『……もしもし零時さんのスマホでしょうか?』


<<そっちは、頭いかれて急に走って消えやがった奴のスマホで間違いないかよ?>>


『……はい。すみませんした』


 威圧感に耐えかねて謝罪する俺に、零時は尚も続ける。


<<で、どうした? 原因はこの暑さか? 脳みそでも溶けやがったか>>


『ヒデエな。もっとなんてゆうか……複雑な? いや、単純な? 理由だよ』


<<どっちだよ>>


『えーと……簡潔に述べさせて頂きますと……一目惚れた』


<<確かに簡潔だ。どんな女だ?>>


 零時の聞き方もかなり簡潔だ。


 もっと間を持って言ってくれないと答える俺が動揺するって! ―—なんてことは、口が裂けても言わないけどな。


『肩くらいまでの黒髪で美人』


<<ふーん。どうすんだよ?>>


『取り敢えず絵を描いた』


 俺がそう言うと、零時は電話の向こうで笑う。


<<ついにホレた相手まで絵に描きやがったか!>>


『……だってよ、衝動的に忘れたくないって思ったし』


<<忘れたくない?>>


『おう……。今日偶然見たその子のことを、これから過ごしていく日々の中で薄れていく記憶の断片にしたくなかった。ちゃんと、また会える日が来る時の為に覚えていたいって、そう思ったから。俺の中で一番の手段が絵しかなかったんだよ』


 思いのほか気持ちを込め過ぎたと思ったけど、零時は馬鹿にはしなかった。


<<そうかよ。それじゃあ、また何かのキッカケで会うかもしれないな。何かあったら連絡しろ>>


『おう! あ……ところで、鐵はどうなった?』


 ハッとして零時に訊いてみると、呆れ半分に笑う気配がした。


<<あの後、自分で当たりくじの棒川に流しちまって騒いでやがった。面倒だし置いてきたけどな>>


『マジで!?』


 俺は仲間の行く末を案じながら笑った。


 これまで、自分の人生の物語が在るとすれば、既に形成し終わっていると思っていた。


 小学の餓鬼の頃から、傍らには何も言わなくても俺のことを解ってくれる親友が居て、仲間が居て、本当の親同然に可愛がってくれるお店のおっちゃんとおばちゃんまで居て。


 だけど、名前も知らない君に出会って、自分の人生はこれからまた一段と新しい方向へ進んで、その色に染められていくことに気が付いた。


 また会えることがあるのだろうか。


『俺は君のことが好きです』


出逢えたなら、君に伝えたいことがあるよ。


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