第6話 お宅訪問

 陽葵の住所地は、買い物で近くまで来たことがあったので分った。


 だけど、家の前まで来たとき、声にならなかった。


(嘘……陽葵、本当にここに住んでんの!?)


 そこは高層建築の、なかなかなオシャレなマンションだった。


 とてもまだ十七歳の少年が住んでるとは思えない。


 先日陽葵を知ったつもりでいたけど、まだ彼の全てを解ってはいなかったらしい。


 ドキドキしながら部屋のインターホンを押すと、急ぎ足の足音が聞えて来て扉が開いた。


「咲!!」


「……おはよう陽葵」


 笑顔の陽葵を見たら、やっぱり自分の知る彼だと少し安心する。


「迷わず来られたみたいで良かった! 上ってくれ」


「うん。お邪魔します」


 玄関で靴を脱ぎつつ、辺りを見渡してみると、内装も知っている一般的なマンションより広くて綺麗だった。


「零時、咲が来たぞ!」


 廊下を歩いて向かっている時、ある部屋の前で陽葵の声が聞えた。


 そうだ、今日は零時も一緒なんだった。


『陽葵のこと、頼むな』


 彼とはあの日以来会うのは久しぶりで、また別に緊張が走る。


「咲、この部屋で零時と待っててくれ」


 陽葵が私を手招きして、その部屋に呼んだ。


「分った。……あ、陽葵これ」


「え? 何?」


「作って来た。嫌じゃなかったら食べて」


 私は簡単に母親と作ったおかずをタッパーに詰めて来たものを、不思議そうにする陽葵に渡した。


「え……っ、え、マジ? 本当に咲が? 俺に!?」


「……うん。一人暮らしって知らなかったから……。陽葵が料理出来たら意味ないかもしれないけど」


「俺料理は一応するけどいつもじゃないし、華彩にも行けないときは弁当だからスゲエ嬉しい! ありがと!」


 満面の笑みを浮かべる陽葵に、まさかこんなに喜ばれるとは思っていなかったので嬉しくなる。


 夕飯に貰うと言ってキッチンにそれを運ぶ陽葵を見送って部屋に入ると、こちらを見つめる零時と確り目が合った。


「よう、久しぶり」


「……うん。久しぶり」


 そこは陽葵の部屋のようで、ベッドに、黒いソファーと、それに挟まれたテーブル、テレビが在った。デザインは白と黒を基調にしていて、壁には絵が飾られている。


「咲は俺の正面だとよ」


 どこに座るべきか悩んでいると、自分の向かい側のソファーを指す零時に言われた。


 陽葵に言われたのかなと思うけれど、それよりも驚いたのは


「……ねえ、今咲って言った?」


「あ? そりゃ言うだろ。ダチなんだから」


 当然といった顔をする零時。最初に会ったときは確か『あんた』だった。


「零時、ありがとう」


 色々言うつもりはない。一言だけどうしても言いたかった。


 私の言葉を聞いた零時は何も言わず笑った。それだけでも、伝わったんだと解るには十分だった。


 二人で軽く話しながら待っていると、陽葵が三人分の飲み物が入ったグラスを手に戻って来た。


「取り敢えず、三人が揃ったことに乾杯しようぜ!」


「乾杯?」


 今までそんなことをすることも、そんな発想にもなったこともなかった私は目を丸くする。


 その隣で零時が胡乱気に陽葵を見つめて言った。


「それ、酒じゃねえよな?」


「え……っ?」


 私が目を丸くしながら思わず陽葵を見ると、彼は声を上げる。


「まだ朝だし、今日は咲居るし。つーか、出さねえよ!!」


「私が居なかったら出すわけ……?」


「いやっ、違うって」


「おい、キョドってんぞ」


「は!? てか、お前!! 俺を売るな!!」


「……怪しいんだけど」


「え!? あの、さ、咲ちゃん?」


「馬鹿。自分で墓穴掘ってんじゃねえかよ」


「お前の所為だろうが……っ!!」


「あははっ!」


 悪い笑みを浮かべる零時と私は、陽葵が動揺している様が可笑しくて笑った。



 午前中はゲームをしたり、テレビを観たり、三人で一緒の雑誌を見てファッションについて語ったりした。


 特別なことは特にしていないけど、私にとってはとても楽しい時間だった。


 動きがあったのは、午後。


 陽葵が注文した宅配のピザを食べてお腹が一杯になったころ、彼が立ち上った。


「三人で外行こうぜ!!」


 私も零時も、お互いそろそろ言うだろうと思っていた。


 顔を見合わせて笑うと、勢いよく玄関へ向かう陽葵の後を付いて行った。


 外へ出て着いたのはやっぱりあの河川敷で、手にスケッチブックと鉛筆を持った陽葵が大きく伸びをする。


「あ~!! やっぱり外はいいな!!」


「暑いけどな」


 すかさずそう言ったのは零時。彼は暑さが苦手らしい。


 陽葵の部屋から持ち出した団扇を仰いで、どうにか身体を冷まそうとしている。


 それを見た陽葵は呆れ半分の溜息を吐く。


「零時、お前何年俺に付き合って此処来てんだよ。いい加減慣れろ!」


「無茶言ってんじゃね。今期は例年ない暑さっつってんだ。慣れようがねえだろう」


 テレビで今の言葉と同じセリフを聞いた私も、零時の意見に同意だった。


「零時、コレ使って。即席だけど、少しくらいなら熱が引いて涼しくなるかも」


 零時に渡したのは、保冷剤をタオルで包んだもの。


「おう、悪いな」


 零時はそれを受け取り、早速首の後ろに当てた。


 今度は陽葵にも同じものを渡す。


「陽葵、陽葵もこれ使って。暑さで絵が描けなくなったらいけないから」


「マジで? 咲サンキュ!」


 駆け寄って来た陽葵も笑顔でそれを受け取る。


 陽葵の場合は長いタオルにして、首の前で結んで固定できるようにした。


「役に立てて良かったよ」


 私は陽葵を送り出して、離れた前の方で絵を描き始めた陽葵の背中をみつめる。


 頭では、いつあの絵の女性のことを聞こうか考えていた。


「どうかしたか?」


 無意識に表情に出していたのか、隣で零時がそう言った。


 だけど、このことを彼に訊いても解るのか分からなかった。


「うーうん。ちょっと考え事」


 笑顔で言ったはずなのに、零時の表情は硬い。


「あいつ、陽葵の事だろ?」


 真っ直ぐな、真剣な目が私に問いかけてくる。


「……まあね。でも、ただ質問があるだけだから」


「質問? そんな血色悪い顔して何を聞く気だ?」


「え……?」


 陽葵たちと会ってから一度も鏡を見ていない私は、彼の指摘に動揺する。


「私……そんな今、顔色良くない……?」


「ああ。……ま、多分陽葵は気付いてねえ。もし気付いていたら、こうしてお前を放っておくはずねえからな」


 (それは、零時だから分かったってこと?)


 不意に頭の中で、女将さんが言っていた言葉が浮かんだ。


『これまでずっと、零時が陽葵の傍でバリケートになって、あの子に近づく人間を見定めていたの』


「……そっか、流石零時は敏いね」


「女将さんか」


 零時は直ぐに誰から聞いたのかを悟って、その顔に苦笑を浮かべた。


「ごめん……勝手に聞いて」


「気にするな。女将さんは人を見る目があるから、お前に話したならむしろ納得だ。それに、あいつは……陽葵は絶対に自分から過去を話したがらねえだろうからな」


「……うん。ありがとう零時」


「お礼も要らねえ。……で、質問は何だ?」


 もう一度訊いてきた零時を、私は見返した。


「……最初に陽葵と会ったとき、女の人が笑顔を浮かべている絵を貰ったの。だけど、今頃になって、この人は誰だろうって思って。実は、今日はそれを聞こうとして陽葵に会いに来たの」


 言い終えると、零時が陽葵のほうを見ていた。


 聞こえたのかと思っていると、そうじゃなかったらしい。


 陽葵は未だに絵を描くことに集中していた。


「「…………」」


 私と零時の間に変な沈黙が流れる。


 聞くんじゃなかったかと後悔したとき、零時の方から沈黙を破った。


「……俺はこの絵の女を知っている」


「えっ、やっぱり実在する人なの……?」


「陽葵は女をスゲエ大事にしている。や、崇高に扱っていると言ってもいいくらいか」


「そ、そうなんだ……」


 頭で零時の言うような陽葵の姿を思い浮かべ、思わず苦笑が漏れる。


 そんな私に、零時は一度も視線を外すことなく、最後にこう告げた。


「もし本当に女の正体を知りたいと思うなら、これは本人に聞くべきだな。だが―—覚悟しろよ」


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