第5話 新事実


 陽葵が戻って来たのは、最後の料理を持ってきてくれたご主人がテーブルにやって来て、ご夫婦と三人で話していた時だった。


「悪い咲、遅くなった!」


「うーうん。……大丈夫なの?」


 心配になって訊いてみると、陽葵は顔を真っ赤にしてまた慌て始めた。


「だっ、大丈夫だ!!」


「……顔赤いけど」


「折角顔の熱を冷ましてきたところなのにね~?」


 何故か女将さんが含み笑いを浮かべながら陽葵に向かってそんな言葉を掛ける。


「え?」


 私が目を丸くして陽葵を見ると、陽葵はすごく動揺した素振りで女将さんに視線を移した。


「違っ、女将さん……っ!!」


「え~?」


 女将さんは素知らぬ振りで私に「これも食べてね~」なんて言っていた。


 楽しい時間はあっという間で、気が付けばお店に来てから二時間も経過していた。


 陽葵は零時と何やら電話中で、今は再び席を立っているところだった。


 私はその間に、お二人と別れを惜しんで話し中だったけど、ふと気になる事があって訊いてみることに。


それは、よく見ると、店の看板に今日の曜日が定休日と記されてあったこと。


案の定、お二人は顔を見合わせてから私に頷いた。


「でも咲ちゃん、気にしなくていいのよ。陽葵と零時はほとんど休みに顔出しに来るんだから」


「え? それは何で?」


 驚いて訊いてみると、ご主人が嘆息交じりに言った。


「あいつら自分たちはこんな見た目だから、下手に営業中に行ったら迷惑になるってよ。何が迷惑だよな? こっちは小学校の餓鬼の頃から知ってんだ。あいつらに何かいちゃもんつける奴が居たら、逆に店から締め出す気でいんのによ! 変に気なんか遣いやがって全く……」


「そうそう。こっちは今も昔も二人は本当の息子同然なのに。息子が家に帰って来て何がいけないのかしらねえ」


 続けて切なそうな笑顔で話す女将さんの姿に胸が締め付けられた。


「咲ちゃんはいつでも来ていいからな!? ちょっと顔だけでも見せに来てくれ!!」


「うん、そうよ? 咲ちゃん、あなたももう家の娘同然なんだから!!」


「ご主人、女将さん、ありがとうございます。今日頂いたお料理、全部美味しかったです。―陽葵と零時と三人で必ずまた来ます!」


 私は二人に向かって名一杯の笑顔で告げた。


「……咲ちゃん、あんた」


「もう!!」


 少し涙ぐんだ私を抱きしめた女将さん。


 丁度その時、


「咲、待たせて悪い」


 携帯を片手に陽葵が急ぎ足で戻って来る。


「お帰り」


「……どうした?」


 当然目の前の光景に驚いている陽葵。


「ちょっとね」


 私がそう言うと、女将さんは私を抱きしめたまま顔を陽葵に向けて言った。


「いいかい陽葵、絶対この子を離しちゃだめだよ!?」


「「え!?」」


 あまりにも突然の言葉に驚く私たち。


 だけど女将さんは知ったこっちゃないって顔で続ける。それをご主人は目元を和ませながら見守っていた。


「この子ほどあんたを大事にしてくれる女の子はそうそういないよ!! 愛想つかされないようにね!!」


「あ、あのっ、女将さん……?」


「―分かってる。俺からは咲と離れる気はないから。咲を守るし、大事にするよ」


 狼狽える私の横で、てっきり否定してくれるかと思ったら、陽葵は真剣な表情でそう言った。


 平静を装いたいのに、胸が大きく高鳴り続け、恥ずかしくてたまらなかった。


 だけど、こっそり伺った女将さんたちや陽葵の表情がとてもにこやかで、何かを言う気にはなれなかった。


「じゃあね、また来てくれるの待ってるからよ!!」


「必ず来てね!!」


 笑顔で見送ってくれるお二人に私はお礼の意味をこめて丁寧にお辞儀をした。


「ご馳走様でした。また来ます!」


「おっちゃんおばちゃんありがと!!」

 

 陽葵は二人に笑顔で手を振っていた。


 こうして私たちは華彩さんを後にした。


 今日は沢山の温かみに触れて、陽葵を深く知れた、とても素敵な一日になった――


 

 それはある日、唐突に湧いた疑問だった。


 ―陽葵がくれた絵の女の人って誰なんだろう?


 いつも鉛筆描きの陽葵。だけど、その作品は細部までよく観察して描いているように見える。


それなのに、今手元にある陽葵から貰った女性の絵は、何だかぼんやりしていた。


(もしかして……わざとそんな風に描いたのかな?)


 そう考えてしまうとどんどん気になってきた。


 現在は夏休みで、特に予定もない私は思い切って陽葵に会いに行こうと思った。


「もしもし陽葵?」


<<え、咲か!?>>


 電話を掛けると、私だと分かっている筈なのに、陽葵はすごく驚いていた。


「何でそんなに驚くの……?」


<<だって、お前から掛けてくれたの初めてじゃん!!>>


「あれ? そうか」


 まるで有沢君のようなテンションの高い陽葵にこっちが驚いてしまう。


<<どうしたんだ!?>>


「え……っと、今日会えるかなーって」


<<当たり前だろ!! 今零時と居るんだ、家来るか!?>>


「へ……? 陽葵の家!?」


 まさか家に呼ばれると思わなかった私はあからさまに驚いてしまった。


<<駄目なのか?>>


 私の驚きようにさっきまでの元気をなくす陽葵。どうやら傷つけたらしい。


「あ……ごめん。ご両親が居るんじゃないかと思って……緊張ってゆうか」


 正直な不安を打ち明けると、何故か少し調子を取り戻す陽葵が言った。


<<なんだ! 気にすんな、俺一人暮らしだから>>


「え……?」


 今度は違う意味で緊張が走る。


 すると、不思議そうな陽葵の声が聞こえる。


『おーい、咲?』


 私はハッとすると慌てて電話に出た。


「……うーうん。……じゃあ、行くね?」


<<おう! 待ってるから! 気を付けてな!>>


「うん」


 電話を切ると、少ししてメールが届いた。


 相手は勿論陽葵。


『家の住所教えるのを忘れてた悪い! これ見て来て! 分かんなかったらいつでも電話してきてな!』


 本文の下にはマンション名の住所が記されていていた。


「……本当に一人暮らしなんだ」

 

 思わずその住所を見入った私。


 だって、学生のうちは両親と同じ家に住んでいることが当たり前だと思っていたから、何だか衝撃だったんだ。


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