第4話 華彩

「さーてと、飯食いに行くか!」


 彼らを見送ったあと笑顔で振り向いた陽葵が言った。


「どこに行くの?」


 誰かとご飯を食べに行くことがない私にはお店の見当がつかない。


「何かリクエストは? ある程度なら連れてけるし」


「えっと……私ね、誰かと食べに行くって初めてなの。だから、陽葵が行きたいところでいい」


 そう言うと、陽葵は一瞬目を丸くした後笑った。


「そっか。じゃあ俺が良く行く店連れてくわ!」


「うん!」


 陽葵の笑顔を見るとすごく安心する。



 道中、陽葵の絵の話や仲間のみんなの話を聞いていた。


 幼い頃から既に絵が好きで、描くことに没頭していたこと。美術部は零時に勧められて入部したこと。そして、その零時とはあのメンバーの中で一番付き合いが長く、小学生の時からの幼馴染だということ。


 それから、今向かっているお店は、実は昔から零時と通っているお店だということも教えてくれた。


 やがてある建物の前で立ち止まった陽葵が振り向く。


「ここが俺のよく行く店【華彩かさい】だ」


「……華彩」


 特別大きいわけでもなく、豪華なわけでもない建物。でも、なんだか温かい雰囲気のある中華料理店だった。


「ただいま!!」


 私の手を引く陽葵は、お店に入るなり元気よく叫んだ。


(ただいまって……え?)


 一人困惑しながら、陽葵に促されるまま一番奥の席に座って待っていると、厨房から四・五〇代くらいの二人の男女が現れた。


「陽葵か!」


「あら、お帰り~!」


 男女は、陽葵を目に止めた瞬間何とも嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「咲、紹介するな。二人は、この店の店主と女将の是沢剛利これさわたけとしさんとユミさん」


「は、初めまして、谷村咲です」


 緊張しながら挨拶をすると、私を見た是沢ご夫婦は衝撃を受けた表情で、陽葵と私を見比べた。


「え、え、えぇ!? 陽葵、この綺麗な子どうしたの!?」


「お前の彼女か!? 何やってんだよ、こんな所に連れてきちゃまずいだろ!!デートはもっと洒落たとこにしねえと!!」


「えっ、いや、あの……っ」


 私に代わって口を開いたのは、苦微笑を浮かべる陽葵だった。


「おじさんおばさん、落ち着いてくれ。咲は俺のダチだよ」


「……友達?」


「そうなのかい?」


 拍子抜けする二人に陽葵は困った顔で笑みを浮かべながら頷く。


「ああ。少し前に知り合った。今日誘って、昼飯食おうってなった時、俺が行きたいところでいいって言ってくれたから、ここに連れて来たんだよ。二人が咲とも親しくなってくれたら嬉しいなと思って」


「そうだったの。陽葵が連れてきた子なら、私は勿論大歓迎よ!」


「俺もこんな美人な子ならいつでも来てもらいたいね!」


 陽葵がここへ連れて来てくれた理由を聞いた私は心底嬉しかった。


 それで十分だったのに、初めて会った私をもこんなに温かく迎え入れてくれる、陽葵のようなお店のお二人に、喜びに加えて感激してしまった。


「……陽葵、嬉しいありがとう。それから、ご主人と女将さんも‥‥ありがとうございます」


 言葉を詰まらせる私を見て、陽葵や是沢ご夫婦は優しく微笑んでくれた。


「俺、お前がさっき言ってくれた言葉、本当に嬉しかったんだ。だから今度は俺の手で、あの場所だけじゃなく、安心するような、温かい居場所を咲に与えてやりたいって思った」


「やっぱり、陽葵が連れて来ただけあってすごくいい子じゃない! 私養子にしちゃいたいくらいよ!」


「おう! なんなら本当にしてもいいぜ!」


 陽葵の言葉に二人は満面の笑みにで応じる。


 なんてここは温かいんだろう。人ってこんなに優しいものなんだ。


 私はそれを教えてくれた陽葵に感謝の気持ちで一杯になった。


 その後、ご夫婦は私たちに沢山の料理を振る舞ってくれた。


「ほら、これもどんどん食べな~!」


「いただきます!」


「ありがとうおっちゃんおばちゃん! やっぱここのは美味いよ!」


 テーブルの上に増えていくお皿に最初は尻込みしていたけれど、一口食べたら感動するくらい美味しくて、気付いたら陽葵と完食していく勢いだった。


「女の子までがこんなに美味しそうに沢山食べてくれるのを見れるなんて幸せだわ~!」


 女将さんが片付いた皿を下げながら喜びの声を上げる。


 後ろでは調理継続中のご主人がそうだな~!と言っているのが聞える。


「私もこんなに美味しいお料理を沢山食べられて幸せです!!」


 思わず声を大にして言うと、女将さんと後ろのご主人が嬉しそうに笑ってくれた。


「は~……本当に咲ちゃんはいい子ね! 陽葵、零時には会わせたの?」


「ん? ああ。実はさっきまで一緒だった」


 訊かれた陽葵は女将さんに笑顔で頷く。だけど「じゃあ何で一緒に来なかった?」とご主人に言われると、陽葵はいや‥‥と口ごもった。


 私はこの時、陽葵が私の人見知りを気遣ってくれて零時に仲間を連れ帰ってもらったのかと思っていたけれど、女将さんは何かを悟ったようだった。


「いいじゃないの! 零時はいつでもまた来られるもの! ちゃんとあの子にも紹介しているなら、いつか三人で来てくれたら尚いいわけだし!」


 そう言った後に女将さんは陽葵に何かを耳打ちしていた。


 直後「ちょっと悪い」と言い置いて、陽葵が顔を隠し慌てて席を外した。理由がわからないまま、私は後ろ姿を首を傾げながら見送る。


「良かった、陽葵に咲ちゃんみたいな人が現れてくれて」


突然そんなことを言った女将さんに顔を向けると、少しだけ陽葵の過去を話してくれた。


「あの子ね、一見明るくて社交的に思えるかもしれないけど、人と関わることを恐れている部分があるのよ。だから、これまでずっと零時が陽葵の傍でバリケートになって、陽葵に近づく人間を見定めていたの。‥‥でも、陽葵は心のどこかで零時に世話を掛けているって思いがあって、このままじゃ良くないって悩んでいるみたいだった。だから、今回、こうして咲ちゃんを一人で連れて来たのを、見守って来た私たちとしては嬉しく思っているの」


 私はどう応えればいいか分からなかったけど、真っ直ぐこっちをみて話してくれる女将さんを見ていたら、上手く話せなくても、自分の想いを伝えないといけないと思った。


「……実は、私も人と関わることが苦手です。学校にはまだちゃんと友達は居ないし、陽葵みたいに零時の様な壁になってくれる存在もありません。これまで、自分は独りで、最小限の人たちと、小さな世界で生きていくと開き直ってきました。……陽葵と出会ったとき、私も最初は、明るくて笑顔が人懐こい人なのかと思いました。だけど、学校での自分を知られるのを恐れていたのを見たとき、本当の陽葵は私と似ているのかもしれないと思ったんです。もしかしたら零時も、陽葵をずっと見て来たから、初めて会ったのに私と陽葵が似ていることを見抜いたのかもしれません」


「あら、そうなの?」


「はい。別れ際に突然「陽葵を頼む」って言われたんです。最初は、自分が助けて貰っている気分だったので、どう頼まれていいかわからないまま返事をしましたけど、今では、彼の心ときちんと向き合って、本当の黒崎陽葵の力になりたいと思っています」


 全てを伝え終えると、女将さんは目元に皺を寄せてにっこりとほほ笑んだ。


「……そう。嬉しい言葉が聞けて本当に良かった。零時も、一度だって迷惑だとか、世話を掛けられたなんて思ったことないって言っていたけど、咲ちゃんに会ったとき、ようやく自分の役割が終わりそうな予感がしたのかもしれないわね。兄弟のように見守って来たあの子は、きっと誰よりも喜んでいるわ」


 私は女将さんの言葉を受けて、零時にもう一度会って話をしたいと思った。


 

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