第2話 黒崎陽葵

 私たちは河川敷に腰掛けて、お互いの名前を教え合った。


 少年は名前を黒崎陽葵ひなたというらしい。


「え!? ……高校一年!?」


 声を上げたのは陽葵。私が学年を教えるととても驚いていた。


 会った時から年上だと思っていたらしい。


「学校って……宝翼?」


 制服を指さして言う陽葵に私は頷く。


「俺は北見。学年は二つ上。咲って大人っぽいな。まさか一年とは思わなかったわ! 俺、慣れない敬語必死に使ったし!!」


「え……あの、咲?」


 違うところに注目した馬鹿な私は、陽葵の勢いをみるみる殺してしまった。


「悪い……調子に乗りました……!」


「いや……っ、あの」


「俺は陽葵でいいから」


「え?」


「学校のダチは色々呼ぶけど、なんか……陽葵って呼んでほしい。ついでに敬語は無理」


 真っ直ぐ見つめながら言われて、私の心臓はバクバク鳴っていた。


 よく見ると陽葵はハーフのような、とても綺麗な顔をしていた。こんな男性に真っ直ぐ見られたことは今までの経験には無かったと思う。


 言葉に出せなくなった私の精一杯は頷くことだった。


「呼んでくれんの?」


「……うん」


 対話は苦手分野なのに陽葵が話しかけてくるから、とうとうこっちが頑張ってしまった。


 それなのに、陽葵は目を離そうとはしない。


「咲って無理?」


「……無理じゃない」


 にらめっこ状態が耐えられず顔を下げてしまうと、陽葵が笑ったのが分った。


「咲」


「……はい」


「敬語じゃなくていいってば」


「うん……」


「咲」


「うん」


「咲」


「……陽葵?」


 何回も呼ばれるのが不思議で試しに呼んでみたら、陽葵は言った。


「正解」


 どうやら自分も呼ばれるのを待っていたらしい。


 私が顔を上げた時、彼は本当に嬉しそうに笑っていた。


「咲、ありがとう!!」


「……うーうん」


 何で名前を呼んだだけでこんなに喜んでくれたのかわからなかった私は、驚くことしか出来なかった。


「咲、携帯ある?」


 少ししてスマホを取り出した陽葵が言った。


「うん……あるよ」


「何でそんな隠しながら?」


「……はい」


 ぎこちなく携帯を見せると、陽葵は驚きの声を上げた。


「うお! ガラパゴス!」


 何だか馬鹿にされた気分になる私は瞬時に携帯を仕舞おうとする。


 それを慌てて陽葵は手を掴んできて止める。


「ちょ……っ、何で!?」


「だって、今絶対時代遅れだと思ったでしょ?」


「いや……久々に見たなとは思ったけど、別に馬鹿にはしてねえって!」


「本当に? あっ……!!」


「隙あり~!」


 油断すると、私の携帯は陽葵の手の内で、連絡先を勝手に登録されていた。


 今まで見ず知らずの人とろくに会話をしたこともなかったし、ましてやその日のうちに連絡先まで交換するなんてことはあり得なかった。


 今も、普通なら勝手に登録なんてされたりしたら携帯取り上げて逃げているはずなのに。


 不思議。……——陽葵は、全然嫌じゃない。


「うし、完了。登録したから連絡して」


 携帯を返してきた陽葵が笑顔で言う。


「……連絡」


 正直学校に友達の一人すらいない私は、どんな時にすればいいか分からなかった。


 そんな私の表情で何かを悟った陽葵が言葉を続ける。


「俺、晴れの日は大抵ここらへんで絵を描いてんだ。新作描くときは連絡するから、もし時間があったら会いに来て」


「分かった」


 ようやく納得できた私は携帯を受け取ると、笑顔で陽葵に頷いた。



 あの日以来、陽葵はマメに連絡をくれる。


 この日の休日も、陽葵から電話がかかって来た。


<<もしもし咲?>>


「……はい。陽葵どうしたの?」


<<絵描くんだけど、これからあの場所に来られそう?>>


「い、行く!」


<<はは。待ってる>>


 電話越しに陽葵の笑い声を聞きながら、私は準備して家を飛びだす。


 初めて会って今では約束の場所となった場所に急ぐと、こちらに背を向けて作業中の陽葵の姿があった。


「陽葵……っ!!」


「お、咲! 早かったな~!!」


 名前を呼ぶと、満面の笑みで振り返ってくれる陽葵。


 実は陽葵と知り合って以来、一番嬉しくなる瞬間だったりする。


「今は何を描いてるの?」


「ん? これ」


 彼が見せて来たのはテントウ虫だった。


「テントウ虫……かわいい」


「だろ? 俺こいつ結構好き」


「陽葵は色は使わないの?」


 最初に見た時も今も鉛筆を持っているのを見て、何気なく思ったことだった。


「……俺こっちの方が好きなんだわ!」


「そうなんだ」


 珍しい少しの沈黙。笑顔の筈なのにこの時の陽葵には影がある気がした。


 ―—その理由を知ったのはもう少し後。


 ごめんね。知っていたら、傷つけるようなこと絶対言わなかったのに……——


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