海の色・空の色・君の色

香澄るか

第1話 絵描きの青年

 孤独に毎日を過ごしてきた。上手く周りに溶け込めなかった。


 そんな私に光をくれたのが彼だった。


 だけど君は、君にとって一番大事なものを神様に奪われてしまったね……。


 もしまだ神様が彼を見ているなら、どうか、彼に幸福を与えて下さい。


 ☆


 季節は夏。ここから私と彼の出逢いが始まる―—


「ねえ帰り何処行くー?」


「マッ○行こうよ!」


「うん、行こう!!」


 学校が終わり、放課後は大抵こんな会話を訊く。

 そんなお前はどうなんだよと言われると、私は独り。


 私の名前は谷村さき、春に高校に上ったばっかりの一年。


 良く高校一年生には見えないねって言われるけど。でもそれは老けているってことかな?


 今は楽しそうに、集団で道を塞ぎながら歩いている女の子達の後ろを、冴えない顔して歩いて帰っているところ。

 家はここから少し遠いけどいつも歩き。

 別に不満に思ったことはない。だって、歩きながら見る景色が好きだから。


「あ、おねえちゃんだ~!!」


 声を掛けて来たのは、高校近くの幼稚園に通う実憂みゆちゃん。若ママ憂さんと一緒だ。


「実憂ちゃんお帰り。憂さん今晩は」


「今晩は。学校終わった帰り?」


「はい。二人も幼稚園の帰りですか?」


 二人とは高校入学して間もなく、こうして下校していた時に偶然出会って親しくなった。学校に友人の一人も居ない私にとって、唯一の話し相手だ。


「そうなの! きょうはね、パパがかえってくるんだ~!!」


 私に返事をしたのは憂さんではなく実憂ちゃんだった。


「お父さん?」


「うん! しゅっちょうからね!!」


 私はあまりに可愛くて、憂さんと顔を見合わせて笑う。すると、憂さんに驚きの言葉を言われた。


「咲ちゃんさ、もっとそうやって笑えばいいのに。美人だし絶対モテるから」


「はい? ……いや、あり得ませんから」


 驚いたけど直ぐにきっぱり否定。当たり前だ、今までそんな現象に遭ったことがない。

 だけど、憂さんは私の答えに不服そう。


「咲ちゃんは自分がどれだけ綺麗か分かってないだけだよ~。何処かに咲ちゃんを偶然見てホレてる男が居るはずよ!!」


「いや、」


「実憂、咲お姉ちゃん綺麗だよね~?」


 憂さんは私の言葉なんか遮って、次はあろうことか実憂ちゃんへ同意を求め始めた。


 (止めて下さい。流石に、恥ずかし過ぎますって……。実憂ちゃんも、ごめんよ~……っ!)


 だけど、実憂ちゃんはその歳で社交辞令というものを学んでいるらしかった。


「うん! おねえちゃんはとーってもきれいだよ!!」


「ホラ」


 何故だか憂さんにドヤ顔を見せつけられてしまった。


 こうなったら食い下がるしかない。


「……ありがとうございます。大変光栄です」



「今度家に遊びに来てね。一緒にお茶しながら話そう!」


 暫く立ち話をすると、かわいい親子は旦那さんの帰りを待つために家へ帰って行った。


「さて……私も帰らなきゃ」


 濃紺ブレザーのポケットから時代遅れな白い携帯を取り出して、時間を確認すると歩き出した。

 ――はずだったけど、今日はよく足が止まる日になったようで。


「は!?」


 突然顔面に何かが貼り付いて来て声を上げた。


 ゆっくりと手を動かして恐る恐る得体のしれないモノを顔から剥がしてみると、それはスケッチブックの紙のようだった。しかも、その紙には鉛筆のタッチで笑顔が綺麗な女性が絵描かれていた。


「何これ……綺麗」


 本当に突然で、これがどこから来たものなのかも分からないのに、私はその絵に感動して見入っていた。


 すると、ある声が聞こえて来た。


「すいませーん!! 拾うの手伝って貰っていいっすかー……っ!?」


「へ? 拾う……? え、わっ、嘘!?」


 最初は何だろうと思っていたけど、頭上を見上げた瞬間真っ青になった。


 何故だか、大量のスケッチブックの用紙が、風に乗って、まるで紙吹雪のように宙を舞っているのに気が付いたから。


 誰のものか知らないが、此処は河川敷。水の中へ落ちれば大変だ。


「あっ!! 気を付けて……っ!!」


 慌てて取りに走りだしたとき、さっきと同じ声が聞えた。


 (一体誰の声だろう)


 不意にそんな考え事をした時だった。


「うわっ!!」


 うっかり足を滑らせ身体が傾いてしまった。


(バカだな、私は二つの事を同時に出来るほど器用じゃなかったのに……)


 諦めモードで眼なんか閉じてしまったとき、それを助けてくれた人がいた。


「大丈夫!?」


「……お陰様で」


 危ないギリギリのところで腕を掴んで、体制を立て直してもらったおかげで本当に助かった。


「……あ~ヤベ。心臓止まるかと思った」


「……もしかして、あなたがさっきの声の人ですか?」


 安心した様子で大きく息を吐くその人に私は訊いてみた。


 相手は一瞬止まってから申し訳なさそうに頷く。


「はい……すみません」


 訊いておいてなんだけれど、私は驚いた。一方的な妄想で、あんな綺麗な絵の持ち主だったら、もっと真面目で紳士的な雰囲気の人かと思ったから。


 だけど実際目の前に居るのは、パーマ毛の明るい金髪に、ブラウンの瞳。両耳にはシルバーのピアスをしていて、私を支えてくれていたその手にも、厳ついデザインの指輪がはめられている。要するに、メージとは激しくかけ離れた風貌の男子学生だった。


「あの……一つ訊いてもいいですか?」


「はい。……何か?」


 彼は私からそっと離れながら強張った表情で訊きかえす。きっと私に責めの一言でも言われるかと緊張しているに違いない。


「あの絵は誰が描いたものですか?」


「え?」


 案の定、拍子抜けといった顔で彼は私を見返した。


 そりゃそうかもしれない。私はズレているのかも。でも、あの絵を描いた人物が気になる。


「あの絵……誰かから貰った物なんですか?」


「……何でそんな風に思うんすか?」


 青年は質問に質問で返してきた。彼は質疑応答が苦手なのか。


 私は大変失礼なことを考えながらも彼に答えた。


「絵がとても綺麗で感動したんです。描いたのがどんな方なのか気になって……」


 青年はそれを聞いた瞬間、固まったあと暫くして、まるで太陽みたいに輝かしい笑顔をみせた。


「ありがとうございます。実は……信じて貰えないかもしんないけど、それ描いたのは俺なんです……!」


「え!? ……あなたがこの絵を?」


 今度こそ本当に驚きだった。


 その見た目でどんなふうにこの絵を描くのか想像がつかない。


 余程顔に出ていたのか、少年が今度は苦笑交じりに言った。


「よく……想像つかないって言われますよ。けど俺の趣味は絵を描くことで、部活も美術部です」


「美術部……」


 全てがイメージの真逆を象る物で言葉が出てこない。


 棒立ちしていると、青年が拾い上げた絵の中の一枚を私に見せて言った。


「良かったらこれ、貰ってください」


「え、本当に……?」


「絵を描いていて感動したなんて言ってもらえたの初めてだし……あなたに持っていてもらえると嬉しいです」


 そう言う彼の瞳は何だか揺れているように思えた。


「……ありがとうございます」


 気にはなったけど、もう一度間近で絵を見ると、感動が蘇って来てそれしか目に入らなくなっていた。


 だから私は知らなかった。この時彼が、絵を見つめている私のことを嬉しそうに見ていたことを……―—


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