ただ春を待つ

うららかな陽が

忘れていた季節を思い出させる。


さあ早くおいでと急かされるように

目指すはセーヌ河。


太陽が出るときっとここに来たくなる。


河岸にはたくさんの人波

他にも行く場所はあるだろうに

みなセーヌに会いに来る。

河は街の真ん中に悠々と横たわり

穏やかに人を迎え入れる。


これだけ賑やかになれば

セーヌも嬉しいだろう

怒ると味噌汁色になる河も

機嫌のいいときは深い緑色


雲のない空の上で

河をまっすぐに照らす太陽


水面にはいくつもの光の玉が白く輝いて

それが集まって眩しい帯を描いて

目を細めるほどに


光の玉に溶け込むように

真っ白なかもめたちが波にとまる

騒々しく鳴き声を上げながら

こぞって波の上に揺蕩う


藻の色をした川底に

何が沈んでいるかは知らないけれど、

淡々と過ぎる波の下で

流れはゆっくりとそれらを押し流す


波は日常のごとく

一秒一秒

ひとつひとつの浮き沈みが過去となって

流れてゆく


河岸のプラタナスはまだ冬仕様

光の中に黒い枝が影を作る

枯れた細い枝にも

いずれ芽が吹き、

葉をつけるだろう


踏み潰してきた過去も

振り返ればその足跡に

小さな葉が芽吹くかも知れない

あわよくば

花が咲くかも知れない

そうすればきっと思える

ああそれも無駄ではなかったと。


川底に沈んだオブジェのように

記憶の底に沈殿した思いも

日々という波に

ゆっくりと押し流されるだろう


今はただこの太陽が

心にも差し

感情の水面を輝かせるのを待つ


今はただ春を待つ。


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