イルミネーションとクリスマス市場
シャンゼリゼのイルミネーションが始まっている。これが始まると本格的に年末が近づいた気がする。
毎年十一月の下旬に点灯式があって、市長と一緒に有名人が登場してライトのボタンを押すことになっている。点灯式を生で見たことはないが、凱旋門を正面に据えてずらっと並んだプラタナスの枝がいっぺんに光り輝く瞬間は、誰でも思わず、わあ、と息を漏らすと思う。この華やかさと貫禄。さすがシャンゼリゼ。なんだかんだ言ってもやはり天下の大通りである。
昔は毎年趣向が変わっていたけど、ここ数年はずっと赤のイルミネーションで統一されている。名付けて「フランボワイヤン」。
これはフランス語で「燃え立つような」という意味だ。ゴシック建築によくある上の方へ尖っていくような装飾も、炎をかたどっているのでフランボワイヤンという。
電飾は赤のみで、上に向かって伸びる枝に沿う形で取り付けられてるから、確かに炎のようである。
以前は色んな色やかたちがあったけど、この赤一色は悪くないと思う。というか個人的にはこれが一番好きだ。寒々しい冬の空や石造りの建物の中に炎が灯されて暖かみが出る。しかも情熱的な色だから人の心を上げてくれる気がする。
シャンゼリゼはコンコルド広場と凱旋門を結ぶ一直線の大通りだが、数年前まではこのコンコルド広場を出発点に大規模なマルシェ・ド・ノエルが開かれていた。これはクリスマス市場のことである。
舗道に並ぶお店は真っ白な三角屋根の掘っ立て小屋で、雪山の小屋を真似てシャレーと呼ばれている。お店の規模によってサイズも違っていて、小さいものは店の人がひとり入れば充分なほど狭い。
売っているのはクリスマス関係のグッズ、帽子やマフラー、おもちゃ、伝統工芸などなど。はっきり言って日常生活には関係のないものが多いが、逆に言うとそういう日常的でないものがクリスマスっぽくて楽しい。
あとは屋台がいっぱい出る。でっかい焼き網から煙を出しているソーセージとか、チーズとベーコンとジャガイモをこってりと炒めた地方料理とか、香辛料入りの熱くて甘いワインとか、りんご飴やマシュマロのチョコレートがけや焼き立てのワッフルとか。
屋台の食べ物というのはどこの国でもおそろしくそそるものだ。しかも寒いから何か食べないと凍えてしまう。だから夕食を兼ねるつもりで来て、巨大なフライパンから湯気を立てているチーズ料理を頼んだり、普段は飲まないホットワインなんぞで温まってみたりする。いつもなら食べたり飲んだりしないものをつい買ってしまう、この非日常感もマルシェ・ド・ノエルの楽しさだ。
冷たい夜の通りに浮かび上がるように真っ白な屋根が立ち並ぶ様子は華やかで賑やかで、人に酔いそうなほどの活気があった。あの遊園地のようなお祭りの雰囲気が好きだったから、大人の事情があったとはいえ撤廃されたのはちょっと残念である。
昔はこの季節は溢れるほどの人がシャンゼリゼを歩いていた。あまりの人波にうんざりして帰ってしまったこともあった。今じゃ贅沢な話だ。
活気は人がいるから出るもので、明かりを灯したから出るものじゃない。シャンゼリゼは人々が歩いていてこそ絵になる通りなのだ、と、人がいなくなってからしみじみ分かる。
閑散とした通りに今年も変わりなく灯されるイルミネーションはちょっとシンボリックで、少しだけ悲壮感があって、それでも前向きな気持ちを感じる。天下の大通りのプライドにかけても明かりを消すわけにはいかない、そんな意地も感じる。
だから、今年は行ってみようかなと密かに思っている。
最後にシャンゼリゼで小ネタを一つ。
「オー・シャンゼリゼ」という歌があるけど、あれは、Oh! シャンゼリゼ! すごいぜ! という意味ではなく、
「シャンゼリゼにて」という意味です。
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