7. 満天の星
母の優しさ
グレンが消えてしまい、ゲオルクはしばらくの間、呆然と書斎に立ち尽くしていた。しかし、塔に行けというグレンの言葉が脳内に蘇り、ゲオルクは一転、行動を開始した。行け、と言われたならば行かなけれいけない。そこに何があって、何のためにグレンがそんなことを言ったのかはまったくわからないが。
ゲオルクが城内に入ると、そこは混乱の最中にあった。一人の騎士が駆け付けた。
「ああ、ゲオルク! ちょうどいいところに来てくれたな!」
「何があったんだ」
さっきから人々が、右往左往と駆け回っている。騎士はゲオルクに言った。
「あの謎の影がまた現れたんだ。今度は人間も狙ってる」
「人間も……」
「以前見たのとはまた別の種類なのかもしれない。とても似ているが。ともかく城内の人びとを安全なところに避難させなければ」
「わかった。――ところで、ルチアさまは?」
騎士の顔がくもった。
「それが……お姿が見えないのだ」
「探してこよう」
ゲオルクの表情が険しいものとなり、急いでその場から立ち去ろうとした。が、足が止まった。上空に、見慣れぬものをみたのだ。
それは赤く輝く大きなものだった。竜だ。夕暮れの日の光をきらめかせ、赤い竜が舞い上がり、空中で
くるりと身体の向きを変えて、また下りていった。ゲオルクは驚き、騎士に尋ねた。
「竜がいるじゃないか。何故、こんなところに」
「わからない。けれどもすごくよい竜なんだ」騎士の顔に明るさが戻った。「影たちをやっつけてくれている。百人力だ。守護神みたいなものだよ」
竜の存在がとても不思議ではあった。けれどもここで長く話してはいられない。ルチアが気になる。ゲオルクは騎士と別れ、ルチアの捜索に向かった。
幸いなことにほどなく見つかった。けれどもここにも竜がいたのだ。こちらは白い竜だ。ユンに比べるとやや小ぶりかもしれない。その白い竜が、ルチアは背後にかばって、影たちを炎で威嚇している。
「姫さま!」
影たちを剣で追い払い、ゲオルクは彼らに走り寄った。
「ゲオルク!」
嬉しそうな声で、ルチアが竜の後ろから飛び出てくる。元気な姿をしており、ゲオルクは安堵した。
「ゲオルク、また変な影が現れて……。今度は人も襲うのよ」
「別の騎士から聞きました。ところで――この竜は」
ゲオルクは白い竜を見上げた。竜は驚いたようにたじろぎ、慎ましく目を伏せた。ルチアはにこにこと竜を紹介した。
「この方はね、シーラといって、なんと、ユンのお姉さまなのよ! よく似てるわね? 色は違うけど。ああでも、竜だから似ているように見えるのかしら。そういえば人間の姿のときはどうだったか……」
「ユンの姉上さまですか」
ゲオルクはいっそう注意深く、シーラを見つめた。ユンよりもずいぶん控え目な性格に思える。シーラは頷き、挨拶をした。
「はい。シーラと申します」
「私はゲオルクです。王室付きの騎士をやっております」
「ああ! ユンを助けてくださった方ですね。ユンから話を聞きました。弟がお世話になりました」
シーラは真面目な顔をして深々と頭を下げた。ゲオルクはやや面食らった。竜に頭を下げられるのは初めてのことだった。
「しかし、何故、このようなところへ?」
ゲオルクの質問に横からルチアが答えた。
「そうよ! ユンが行方不明なの! 昨日の夜から帰ってなくて、心配してお姉さまとお母さまがこちらに来られたのよ」
「ユンが行方不明? ゆうべなら、彼は私と一緒にいましたよ。ちょっと厄介なことに巻き込まれて、ここからずいぶんと離れた場所にいたのです。でも無事帰ってこれましたし、彼のほうも今頃は家に戻っているのでは」
「そうなの!? 無事なのね! よかったわね!」
ルチアはシーラを見上げて言った。シーラもほっとした表情でルチアに微笑みかけた。
「ところでお母さま、とは」
ルチアの言葉を思い出して、ゲオルクは尋ねた。さきほど見た、赤い竜が頭に浮かぶ。あの竜がユンの母親なのだろうか。
思った通りに、やはりそうであった。
「ユンのお母さまよ。もちろん人間の姿で来られてたのだけど、あの影を見てね、怒って竜になってしまわれたの。大きくて赤い竜よ。時折、上空を飛んでいるのが見えるわ」
「その竜なら先程私も見ました」
ユンの母親は心優しい竜であるらしい、とゲオルクは思った。息子を案じて、わざわざ人間の世界までやってくる優しさ。そして人間が危機に陥るとそれを救おうとする優しさ。シーラもルチアを守っていたようだし、ユンはよい母と姉に恵まれたものだ、とゲオルクは温かい気持ちになった。
しかし感傷に浸ってはいられない。影たちはゲオルクの剣におびえてどこかに去ってしまったが、また戻ってこないともかぎらない。ゲオルクは厳しい表情に戻って、ルチアを見た。
「姫さま。城内は危険です。お逃げください」
「逃げるといっても……」
ルチアが戸惑っている。ゲオルクは今度は、シーラに声をかけた。
「シーラさま。ルチアさまを助けていただけませんか」
ユンに比べればやや小ぶり、ではあるが、小山ほどの大きさのシーラを見上げて、ゲオルクは熱心に頼んだ。
「ルチアさまを背に乗せて、どこか安全な場所に避難していただきたいのです」
「はい。わかりました」
シーラが大変生真面目な表情になって頷いた。しかしルチアには迷いがあるようだ。
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