第22話 N-3

「バスケ部に入りませんかー」


 数日後、5人で少し早めに来て、玄関前で勧誘を始めた。季節も涼しくなり始め、3ギャルは腰にカーディガンを巻き付け始めた。端から見れば、一見何の勧誘をしているのかよく分からない集団に見える。


「んだお前ら、いじめのカモでも探してんのか?」男子


「水津野さん、一人で悩まないで。勇気を出して相談してね?」女子


「ちょと待てコラ! てめーら!」


「……」


 勧誘の季節も悪いが、もといガラも悪いが、反応は良くない。ハナと2人だけでやったほうが良かったのではないかとも思ったが、昨日双子が楽しみながらカラーペンを使い、チラシを作成していたので、口には出さずにしておく。


「やっぱり難しいかな?」


「ったくギャルだっつの。ヤンキーじゃないっつの」


「ん?」


 朝の教室に入る前に、先日図書室で会った茶道部の女子留学生が、廊下でさきほど配っていたバスケ部勧誘のチラシをジっと眺めていた。ほとんどの者が受け取りもしなかったチラシ。おそらく意味が分からず律儀に受け取ってくれたのだろう。


「あの、押し付けちゃったみたいでごめんね?」


 茉莉から話しかけてみる。細い薄い金の長いストレートの髪、瞳もやや薄く青みがかり、まるで中世のお姫様のようだ。スタイルもいい。


「あなたは、バスケット部、と言っていましたね。これはなんと書いてあるのでしょうか?」


「あ、どの字が読めなかったのかな?」


「いえ、普通なら読めると思いますが字が汚過ぎて読めません」


「……」


 改めて概要を伝えてみる。彼女の名前は、レヴィナ=カルラスティエさんと言うらしい。リトアニアからの留学で、親の代でも同じく日本に留学しており、留学が一家の伝統とのことだ。


 祖国地元の高校と天百合高校が姉妹高となっており、その関係で来日していた。日本文化に詳しいことにも頷ける。バスケについても経験者であったため、チラシを見ていたという。が。


「校門での勧誘を見ましたが、あれが部員の仲間ですか? 本気で部活動に打ち込んでいるのでしょうか? 茉莉、といいましたね。付き合う仲間は考えたほうがいいのでは?」


「う」


 思いのほかズバっと斬りこんできた。国柄の違いか本人の性格からかは分からないが、3ギャル達のことを言っているのは明白だ。このまさに品行方正といったレヴィナと、ギャルの彼女らでは、水と油は想像に難しくなかった。



「ということがあったんだけど……」


 授業後、ハナに朝方のレヴィナとのやり取りを伝える。結局、反応があったのは彼女一人だ。それも前向きどころか後ろ向きな反応だった。ハナは少し考え込む。


「専攻科のレヴィナさん、あの身長で経験者だったんだ。是非とも勧誘したい。私が作戦を考える」


 難しいと説明したが、むしろハナはレヴィナの勧誘攻略に動こうとしているようだ。2人で体育館へ移動し、入ると、先に来ていた3ギャルとめずらしく美子先生がいた。何やら話し込んでいる。


「つーわけで、あんたらリバウンド取るよーに!」


「えーーー!?」 「キャラ違いだしー?」 「あーし関係ねーしー」


 話に加わる。何やらあの試合の後、啓誠館の監督と話をしていた際に、実際に高塚監督が采配するなら、天百合のオフェンスをどう止めるつもりなのか、と聞いたそうだ。答えは単純だった。


 インサイドを固めて、ディフェンスリバウンドを取るだけ。端的にそう言われたという。どれだけオフェンス力が高かろうと、バスケのシュートが入る確率はある程度までは集約される。前の試合は明らかにレイアップの得点機会も多かった。


 啓誠館のインサイドが機能していなかったということだ。センターをハナが行ったり、デタラメなポジショニングにあえて付き合ったことも関連している。しかし天百合にビッグマンはいない。双子は167cmあるものの本職には及ばないだろう。


「まー全国くらいまでならいけるって。優勝は無理だけどー」


「ぜ、全国!?」


 急に伽夜がとんでもないことを言い出した。全国に出場するつもりなのだろうか。


「んあ? マツリーが勝つバスケやるっていったし? 何驚いてん?」ユ


「結局さー。生徒指導見逃してもらえるの全国レベルだけらしいわー。いくしかねー全国」カ


「えーマジ無理だって全国とか血だらけになって場外まで飛ばされそうじゃんギャル向きじゃないって」


「真夜、変なこと言うな」


 したがって啓誠館に勝つ方法を考え中、ということなのだろうか。この前の夏は一回戦負けだったにも関わらず、話が大きくなってきていた。美子先生は言いたいことだけ言って帰って行ってしまった。


「伽夜ちゃんバッシュ買ったんだね。ハデ……だね」


「これでダキョーしたー。もっとかわいーのがよかたー」


 7色のレインボーのようなデザインだった。地方のショップではそう品ぞろえも多くない。真夜と優里は買うのをやめて、取り寄せするそうだ。伽夜は体育館シューズがダメになっていたので仕方がない。


「あたしらは黒とピンクにしたもんねー。ユニフォームに合わせたし?」マ


 あくまで機能性や相性よりもデザインで決めるそうだ。体育館シュースでもあれだけの動きをしたのだ。バッシュを穿いたらさらなるパフォーマンスを期待できるのだろうか。


 日曜日に受け取りにいくと言う。なぜか茉莉も同行することになった。公園で練習したい気もあったが、最後の沙織との事を思い出す。少し会うと気まずい思いもあったため、避けてしまった。


「ふふふ。楽しみ。インサイド固めてもどうにもならないところを見せつける」


 先ほどの美子先生の話を聞いたハナは密かに闘士を燃やしていた。レヴィナの件といい、逆境のほうが燃える性格を示していた。



「というわけで、オフェンス力をもっと上げる。相手のDFリバウンドなんて、無意味なくらい、点を取る。というか100点とっておしまい」


「ええええええ!?」


 これだけのオフェンス力を持っていれば、ディフェンスに注力すべきだろう。ディフェンスは穴だらけ。というよりまともにやってもいない。取り組むだけですぐに成果が出るはずだ。


「たしかに、最終的にはディフェンスの優劣が勝敗を大きく左右する。でもそれは、プロレベルの話。相手は女子高生以上にはならない」


「ハナはオフェンスの戦術がやりたいだけだろー」マ


「別にディフェンスの戦術だって持ってる。あんたらが動くわけないからやらないだけ。もといその頭で覚えられる気がしないからやらないだけ」


「うっざ! ハナうっざ!」カ ユ


「どういうこと?」


 ハナが答える。何やら、ハナは大学に進学すると同時に、自社チーム、幡精堂ピュアホワイツのヘッドコーチ付きの、マネージャーに入るようだ。その前にいろいろ勉強し、自分の戦術を身に付け、試したいという。


「そんな目標があったんだ。実業団チームのマネージャーってすごいね」


「父に強制されてる。まあ自分でもやりたいとは思ってるけど。会社に入る前にいろいろ経験させられる」


「あたしもハナのパパに強制されてー」「アタシもー」 


「キモ」


「具体的に、どんなOFを軸にするの? すでにいろいろできる気がするけど」


「ずばり、ウチはピック・アンド・ロールを極限まで昇華する」


 ピック&ロール。真夜と伽夜が練習試合で一度見せたプレイだ。NBAでも戦術の本流。ピックマンと呼ばれるスクリーナーが、ボールを持つ選手をディフェンスする相手選手に対し、壁を作り、ディフェンスへ動きたい進路を妨げる。


 これによりボールを持つ選手はディフェンダーから守備プレイを受けにくくなり、より自由に動くことが可能になる。啓誠館の選手も一度使ってきた。基本的にうまく決まれば、相手は二次的なディフェンス対応をしなければ止められない。


「啓誠館だろうと、留学生だろうと、大きいのは前に引き釣りだす」


 もうバスケ留学生のいるチームとの対戦すら想定しているハナ。そのハナからも本気で全国に行く意思さえ伺える。


 いわゆるピックマン(スクリーンに入る人)という存在がゴール下の選手の場合、その場を離れればフリーにさせるわけにもいかず、ゴール下のディフェンダーは付いて行かざるを得ない。そうすることで、クローズアウト※を誘発することができる。


 ただしこれだけにも、”様々な条件”がつきまとう。


「デカイのが前にこなかったらー?」マ 


「ミドルをねじ込んで。フリーなら入れて。あとじきにミドル禁止にするから」


「ちょっ 意味分かんね。ハナマジ意味分かんね」カ


「マツリン覚えとけよー、ハナはペリメーターアンチだからさー」マ


 ハナがホワイトボードを持ち出す。本当にヘッドコーチのようにシャカシャカマジックで書いて説明する。基本軸とする、ピック&ロールは全員参加でやるとのことだ。もちろん茉莉も含まれる。超超強力オフェンス。その練習を徹底する。


「ハナちゃんのオフェンスの拘りがすごすぎる」


「これは、お客さんの問題」


 バスケの頂点NBAでも他のプロスポーツでも、ディフェンスをがんばって渋く勝つチームよりも、たくさん点を取って勝つチームのほうが観客動員が多い傾向ははっきり出ている。単なる勝ちではなく、興行としての勝ちを得るためだという。


「幡清堂ピュアホワイツも、点を取る方針にしたらお客さんが増えた。ディフェンスがんばってた時代より、ちょっと勝率落ちたのに」


「そ、そこまで考えてるんだ」


 さっそくそれぞれコートに入り、形だけ取り組んでみた。が、部員数がギリギリすぎて、なかなか厳しい。架空の選手もイメージしながら、どこで受けたら誰が来る、ハナから厳しく指示が入った。


「ほいほいほいほいそら追い込んだー」マ


「茉莉、ベースラインにドリブル行くんじゃない」


「くぅ!」


「こーやんだし? スネイク。ロールスネイク」カ



数十分後。


「あー疲れたー」


「ダメだ。これじゃピュアホワイツから点とれねー」マ


「結構いい感じだね。ってえええええ!?」「マツリーうっさい」


 聞くにハナが頼んで、日程が合う日にはプロのピュアホワイツとの練習も秘密裏に組んでもらうそうだ。そこまでするようだ。


「言ったし? 才能無いのとやっててもうまくならないし?」


 ――真夜ちゃんは啓誠館のレギュラー松下さんにも沙織にも才能がないって言ってたけど。ただの挑発じゃないのかな。


 茉莉はスクリーンからのロールスネイクをローテーションでひたすら練習する。優里だけは全てジャンパー。真夜と伽夜はさらにスイッチディフェンスに対してのオフェンスを練習する。


「やっぱり2人ともユーロステップできるんだ。恐ろし過ぎるよ……」


「あーしらのステップの本領発揮はこんなもんじゃないっていうか?」ユ


「え?」


 ミドルや外はどちらが入るのだろうか。聞くに何も無しならそう変わらないが、ディフェンスが付いた場合は優里の決定力が確実に上回るという。


「フリー作れば体勢どうでも入るときは入るしのー。フェイドアウェイも感性ゼツミョー」マ


「基本ユーリには打たれたら終わりー。そのうち見てればわかる」カ


「ええ、そこまでなんだ……」


 ディフェンダーがつくのは当たり前。体勢を大きく崩されてもDFさえ振り切れば打てば入れてしまう。それがシューター優里。いわゆる、己の”ゾーンに入った状態”というものだろう。優里のSFはシューティングフォワードとしている。


 対して双子は縦横無尽にコート上を動き、相手を翻弄することに長けているスモールワォワード。ハンドリングスキルは一級品であり、プレイスタイルが異なり単純に優里との優劣はつけられない。加えてそのあたりに本人たちに競争意識も無いようだ。


(オフェンスの連携を行った。なぜか目標が全国大会出場になった)


 ――もし全国に行ければ、兄さんのチームとも当たることができるのかも。

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