第21話 N-2

 カラカラと真夜が得点板をもってくる。審判をハナがやるようだ。優里は両足をV字にして右ウィング付近のその場に座り込んだ。3Pラインを踏んでおり、普通にコートの中で邪魔だ。しかしそれに対して誰も突っ込みを入れない。


 茉莉と伽夜がコートに出る。先後交代で行う5本勝負となった。ゴールはどんな形でも勝ち点1。同点なら延長。


「……」


 茉莉と伽夜の視線が交差する。伽夜から嘲笑うような表情が消えていた。もちろん外野の真夜、優里は普段通りニヤついた表情だ。ハナがホイッスルを下げ、入ってくる。


 ジャンケンで伽夜が先番になった。正面3Pラインを挟み向かい合い、ボールを受け、伽夜に返す。ゲーム開始だ。


 トン トン


 ――! あの足の動き、昨日のオフェンスの構えだ。


 右への一瞬のフェイクから左へ抜きに来る。茉莉はコースに入りぶつかる。


 ピッ 『ディフェンス』


 ハナがコールする。ファウルは即フリースロー1本だ。伽夜は前日の動きそのままにクロスオーバーを展開してきた。茉莉は予測して付いたが、いざ目の前にすると改めて凄まじい技のキレだ。体半分入りきれていなかった。


 ――予想できてたのに、速すぎる。


 その1本を伽夜はきっちり決める。ゴールは何でも勝ち点1となり、シュートした段階で先後が入れ替わる。真夜がペラリと得点板をめくった。先番の伽夜が左の表示と伝えてきた。


 伽夜 1-0 茉莉


 茉莉のオフェンスとなる。フェイクも入れつつ、自身が得意とするハンドリングを駆使し、何度かアタックを試みる。が、突破できない。全てコースに入られてしまう。沙織との1on1よりも、さらに高い壁を感じた。


 ――やっぱり本気でやればディフェンスもうまいんだ。


 先日、啓誠館のキャプテン松下も、バックコートから伽夜に本気でディフェンスされた際は、ボールを運ぶのに苦心していた。その実力を目の当たりにする。


 再度抜きにかかるも、伽夜の指がボールにかかる。ルーズボールだ。追いかけて捕まえたが、ラインを割ってしまう。1本目を終え、攻防交代だ。


 2本目となる。


 伽夜のオフェンス。クロスオーバーから右展開され、ついては行くが、エルボー付近(※)に来るとチェンジオブペースからのレッグスルー、持った瞬間シュートを打たれる。きっちり決まった。


 伽夜 2-0 茉莉


 茉莉のオフェンス。伽夜がディフェンスに緩急をつけ始める。くっついたり離れたりでリズムをつかませない。プレッシャーに耐えられなくなり、思わず両手で持ってしまう。そのままミドルを打たされた。外れる。


 3本目だ。


 伽夜のオフェンス。これが決まれば後がない。以後全てのオフェンスを成功させた上で、伽夜のオフェンスを全て止める必要がある。


「……諦めろよ」


 伽夜がボールを受けると、話し始めた。


「何がんばってんだ? 勝てるわけねーだろ。折れて降参しろ。下手くそ」


 ドス黒いオーラを出す。時折真夜と伽夜が見せるそれだ。啓誠館戦でも挑発はしていたが、ユーモア口調だった練習試合に対して今日は違う。顔は笑っていない。茉莉は一切、伽夜の目から視線を離さなかった。


「諦めない。例え勝ちが無くなっても、最後までやる」


 ――勝つバスケを提案したのは私だ。その姿勢は見せるべきだ。


 伽夜から真正面にドリブルが来る。すさまじい勢いでぶつけるつもりだ。が、茉莉は一切コースを譲らなかった。ぶつかって茉莉が飛び、尻もちを突き床をスライドする。


 ピッ 『オフェンスチャージング』


 伽夜にファウルがコールされる。


「はぁ、はぁ」


「……」


 茉莉は落ち着いてフリースローを決める。


 伽夜 2-1 茉莉


 ペナルティの後、続けて茉莉のオフェンスとなる。


 ドリブルからシュートまで持ってはいったが、マークは外せていない。タフショットとなりボールがリングから落ちる。


 4本目。


 伽夜のオフェンス。ヘジテーションにて突っ込みを見せかけた姿勢からのレッグスルー×2、ドライブに行かずにリングを見た。思わず茉莉はシュートへの警戒で距離を詰めてしまう。が、シュートヘジ(※2)だ。一瞬の動作で右を抜かれる。


 個人技のレパートリーも非常に多い。以前、たくさん技を覚えたと言っていたが、元よりそれなりのスキルを有していたのだろう。兄を含めた三兄妹で共によくストリートバスケを嗜んでいたようだ。


 パサッ


 3-1


 レイアップが決まった。茉莉のオフェンス。決められなければ、5本目はなくなり試合終了だ。伽夜からボールを受けた直後、ジャブステップから仕掛けに入る。右へ展開した。


「遅いんだよ!」


 ビクッ


 伽夜が叫び反応する。


「フェイクの後が遅い。フェイクの意味がない。だから付ける」


「くっ!」


 レッグスルーから逆側へ展開する。が、これも読まれていた。

胸を当てられ弾き返されてしまう。なんとかボールを背後に隠しキープする。


「勘違いしてんか? 周りが点取り屋ばっかなら、自分が点とらなくてもいいとか?」


「!」


 ――やっぱり、1ゲーム一緒しただけで見抜かれてた。私が、得点に負い目があることを。


 前日の試合、最初、啓誠館のDFミスからレイアップこそ決めたが、その後は3ギャルのOFに圧倒されるばかりで自分から点を取りに行っていなかった。途中からは自分がパスを出す相手ばかり探していた。


「8秒くらってたよな? そんなんでガード務まるんか? 信用できねー」


 昨日のバイオレーションだ。相手のバックコートからのプレッシャーが交わしきれず、時間内にボールをフロントへ運べず、ターンオーバーとなった。問答無用で相手ボールになってしまう、一番やってはいけないガードのミスだ。


 このゲームの中盤から徐々に気づき始める。伽夜はゲームで勝ちに来ていない。茉莉の気持ちを折りに来ている。ここで折れる者に、勝ちを目指す資格はないと言っている。


「……」


 一つだけ、茉莉は伽夜のスキに気づいていた。だが、それをやっていいのか。


 ――いや、勝ちたいなら、その姿勢を見せるべきだ。どんな手を使っても。きっと、それが求められている。


 真夜も優里も特に動きを見せずゲームを注視している。

左手のオフハンドで伽夜との距離を保ちつつ右でドリブルし、

膠着状態から、不意に茉莉はつぶやいた。


「――伽夜ちゃん、右のシューズ、破れてるよ」


「え?」


 伽夜が右のシューズに視線を落とす。瞬間、左から抜き去った。

茉莉がレイアップを決めた。


「あっ……」


「うおおおおお!」「やったじゃん!?」


 真夜と優里がバシバシと手や床を叩きながら歓声を上げる。


 3-2


 5本目。ボールを拾っていたハナから伽夜にボールが渡される。このオフェンスをしのげば茉莉にラストへ望みが繋がる。不意を突かれ抜き去られた伽夜はムスっとした表情で片手でボールを持っていた。茉莉は集中を切らさないように早くも構えに入る。


 スタート位置へ伽夜が歩いていくも、ニヤついた真夜と優里から、じーーっと伽夜へ向けて視線が送られ続ける。


「……。 あー! わーったよ! アタシの負け認めるし! 降参!」


「え……」


「これ以上やってそっちの痛い視線増やしたくねーしー?」


 伽夜が勝ちを目指すチーム作りに賛成すると、意思表明した。


「バッシュ買いこー。じゃねー」 「あたしらもいくかー、これじゃ無理だ」


 言うなり伽夜は出ていってしまった。続いて真夜、優里も出て行く。思えばこれまでギャル3人とも普通の体育館シューズでやっていた。


「伽夜ちゃん! ありがとう!」


 遠くから叫ぶと、半分振りかえって手を挙げて去って行った。


-------------------

(※1)ペイントエリアの最も手前の両外付近の位置。

(※2)ドリブルが終了しない段階でのフェイク。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る