04 今さらながら、「ポリコレ」なるよく分からん概念について

 気づいたら、「ポリコレ」なるよく分からんワードが世間を騒がせていた。いや本当に騒いでるかどうかは知らんけど。ウィキペディア先生によると、


「性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用すること」


なんだそうな。


 私は職業柄こういう言葉遣いには敏感にならざるを得ないケースが多く、結果として当サイトでも「ちょっと怪しいかもな?」と思う表現があったらコメントで指摘する場合がある、あくまでやんわりとだが。だが正直に言うと私はあまりそういう指摘はしたくないし、もっと表現に対して大らかな人が増えてほしいと願ってすらいる。だがこういった差別的ニュアンスを含むワードにどうしても過敏に反応してしまうという方が一定数いらっしゃるのも事実で、そういった事由で一人の書き手の作品が非難されることになったら悲しいなぁと思い、気は進まないながらも苦言を呈させていただくのである。私に指摘された心当たりのある方は、そういう背景があるということをご承知おきいただきたい。


 本題に入ろう。私のポリコレに対する見解はどのようなものであるか。一言で済む――「」に過ぎない、これでおしまいだ。例えば次のような言葉を考えてみよう。


「男は馬鹿だ」


 この一文を何とも思わないくせにポリコレを是とする御方は、ちょっと考え直した方がいいのではなかろうか(※1)。この一文は明確に差別的で、特定の人種を理不尽に傷つける可能性の高い文章であるにも関わらず、おそらく今日これと似たような文章が公の場に提示されても誰も文句を言わない。おかしいとは思わないか?


 このように反論される方もおいでだろう。いや、そうはいっても女性の方が社会的立場が弱いから――ほら、それだ。その「女性の方が明確に社会的に弱い立場にある」というこそが、差別の真の元凶なのだ(※2)。確かに「言葉」によって「認識」が生まれるというのは、ある種正しいものであることは認めよう。しかし忘れてはならないのは、どこまでいっても原則は、「認識」が「言葉」に載せられるというのが正しいのだ(※3)。我々が差別的「認識」を改めない限り、いくらそれを誘発する「言葉」を撲滅したところで無意味だ。差別を助長する言葉は、それこそいくらでも人為的に創造することが可能だ、強大な権力と広範なネットワークを駆使さえすれば。例えば、


「君は青い目をしているね」


という表現に、差別的なニュアンスを感じるという方は? おそらくほとんどいるまい。しかしこの一文ですら、今後の歴史の推移如何によっては、多分に差別的な表現に化けうる資質を持っていると言わざるを得ないのである。言葉を滅ぼし尽くすという行為は、不摂生を改善せず徒に降圧剤や抗コレステロール剤(※4)を飲み続ける患者に似ている。つまりはほぼ徒労に終わることが目に見えている。我々が徹底しなければならないのは根本治癒なのであり、教育もそういう方向で進めてほしいものだ。あまりに枝葉末節に囚われ過ぎると、いとも容易く「権力者による都合の良い言論統制の手段」として機能してしまいかねない(というより、もう機能しつつあるのだが)ため、ゆめゆめ気を付けたいものである。おしまい☆


(※1)わかっている。ポリコレにおける争点とは少しずれているのは確かだが、それでも本質的にはとても重要な内容だから許してほしい。


(※2)「性平等論」「フェミニズム」といった諸問題については、ここでは扱わないし、話の本質はそこではない。議論を明後日の方向に引っ張ってうやむやにしようとする行為はお控えいただけると助かる。


(※3)これは非常に難しい問題であるということは、筆者も承知している。だがここでは便宜上、私の記述が正しいものとして進めさせてほしい。


(※4)そもそも抗コレステロール薬の有用性について議論があるのは確かだが、ここでは(以下略)

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