リッジウェイ家の使用人ピーターの物語 


 ジェシカお嬢様がセント・レイズ学院へ戻られてから俺は半分抜け殻のようになってしまった。

冬期休暇でジェシカお嬢様が邸宅へ戻って来られるという話を始めに聞かされた時は使用人一同、恐怖に怯えていた。

また・・あのお嬢様の暴挙ぶりに怯えなければならないのかと誰もが恐怖に震えていた。

勿論俺もその内の1人ではあったけれども他の使用人達に比べれば随分ましな環境には違いなかった。

何故なら俺だけは邸宅から1K程離れた家に住み、しかも庭師という仕事だったのでジェシカお嬢様とは殆ど接点が無かったからだ。

しかし、他の使用人たちは・・・同じ邸宅に住み、嫌でも毎日ジェシカお嬢様のお世話をしなくてはならない。


 とにかくこのジェシカお嬢様は物凄い美女ではあったが、まるで氷のような心を持つ人物だったので、使用人達の間では『氷の女王』とあだ名がつけれらていた程だ。

そしてこの『氷の女王』の一番の被害者は・・・他でも無い従者のマリウス様だったのだ。


 使用人達の話ではお嬢様がセント・レイズ学院に入学が決まった翌日から、お嬢様とマリウス様の部屋は室内で1つ扉を隔て、自由に出入りできる部屋へと作り替えられてしまったそうだ。

そして・・・これも噂に聞いた話ではあるが、毎晩2人の間では男女の営みが行われていたと言われており、マリウス様に恋していた数多のメイド達は時には泣き・・時にはジェシカお嬢様に激しく嫉妬していた問う話を耳にしたが、どれも本当かどうかは確認する由も無かった。



 あの日の事は忘れない。

ジェシカお嬢様が帰省して・・・初めて俺の家を尋ねてきた時のあの日の事は。

あの時は本当に驚いた。食事時にドアがドンドンと叩かれ、何事かとドアを開けてみれば何とあのジェシカお嬢様が息を切らせながら俺の前に立っていたのだから。

だけど・・・俺はあの時、目を疑ってしまった。

今、目の前に立っているのは本当にあのジェシカお嬢様なのかと。

丁寧な言葉遣いで頭を下げ・・・そして何より・・以前のような氷のような冷たい美しさは消え、代わりに何とも愛らしい女性がそこに立っていたのだから。

まさか・・あの時、一目見た瞬間にジェシカお嬢様に恋してしまうとは思ってもいなかった。


 それからは・・まるで俺の世界は変わってしまった。

ジェシカお嬢様は庭仕事をしている俺のところによく遊びに来てくれた。ジェシカお嬢様と王都に出掛けた時はまるで夢のような時間を過ごす事が出来た・・・。

まさか公爵令嬢で、目の覚めるような美しいジェシカお嬢様とデートが出来るなんて夢にも思っていなかった。だから・・・・俺は使用人と言う立場にありながら・・・何か重大な悩みを抱えているジェシカお嬢様を見るに見かねて望んでしまったんだ。ジェシカお嬢様の手を取って・・・2人で何処か遠くへ逃げましょうと言ってしまうなんて―。


 そしてついに俺は告白してしまった。ジェシカお嬢様が学院へ帰る直前に・・あろう事か使用人という立場なのに、公爵令嬢をのジェシカお嬢様を抱きしめて・・・好きですと伝えてしまった。でもジェシカお嬢様からは何の返事も貰えなかった。でもそれは俺の声が小さすぎて届かなかったのかもしれないし、聞こえなかったフリをしたのかもしれない。

どのみち・・・俺とジェシカお嬢様では住む世界が・・・違い過ぎるのだ・・・・。



 

 今、俺の前にはジェシカお嬢様から託された除籍届と、手紙が机の上に置かれている。ジェシカお嬢様の手紙には役所に除籍届を出して欲しいとのお願いが書かれてあった。

お嬢様・・・本当に宜しいのですか?リッジウェイ家から籍を抜くと言う事がどういう事なのかを・・・分かってらっしゃるのですか?

俺は・・・散々悩んだ。この除籍届を出すか出すまいか・・・でも、ここでよこしまな考えが浮かんでしまった。

そうだ、この除籍届を出せば・・・ジェシカお嬢様はリッジウェイ家から籍が抜けて公爵令嬢ではなくなるのだ。それなら・・・俺にもまだ望みがあるのではないだろうか?

ひょっとすると・・・ジェシカお嬢様と将来を誓える関係になれるのでは無いか?

等と甘い夢を見てしまい・・・ついに俺はジェシカお嬢様から託された除籍届を提出した―。



 この自転車は一体誰の自転車なのだろう?すごく真新しいし、最新モデルだ。それに・・・どう見ても女性用の自転車に見える。

だけど、そもそもなぜ俺の家に女性用自転車があるのだろう?ただ・・言える事はこの自転車を見ていると、胸が切なくなり・・・ぼんやりと女性の姿が浮かび上がって来るが、まるでその姿はモヤがかかったようで、顔を確認する事だ出来ない。


貴女は・・・一体誰なんだ・・?でも・・すごく俺にとって大切な人・・・だった気がするのは気のせいなのだろうか・・・・?



 そんなある日の事―

俺は真夜中に突然目が覚めた。そして部屋に置かれている自転車に目をやる。

その自転車を見ている内にある女性の姿が脳裏によみがえってくるのを感じた。

それはジェシカお嬢様だった。

そうだ・・・。どうして俺は今迄ジェシカお嬢の事を忘れていたのだろう?あれ程・・・彼女に恋をしていたのに・・・決して報われない恋を・・・。

だけど、ほんの一時でも夢のような時間を過ごす事が出来た。その思い出だけで・・・もう俺は十分だ―。




 時は流れ・・・。

最終的にジェシカお嬢様が選ばれた男性は・・・・ドミニク公爵だった。

明日はいよいよジェシカお嬢様の結婚式だ。

リッジウェイ家からは執事のアリオス様の出席されるのに・・・何故かマリウス様の姿は見られない。

噂によると・・・マリウス様はジェシカお嬢様を愛していたけれども・・お嬢様から激しく拒絶され・・・失意のうちに旅に出たというが、定かではない。

でも・・・マリウス様の事だ。

きっとこの空の下の何処かで・・・ジェシカお嬢様の幸せを祈っている事だろう。



俺はリッジウェイ家から臨時の庭師としてテレステオ家の庭を整備する事になった。

明日式の後・・・俺が整えた園庭で・・・ガーデンパーティーが行われる。


ジェシカお嬢様・・・どうかお幸せに。


貴女の幸せが・・・俺の幸せです―。



<終>







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