第10話 コヤジはすごく速い
ボクらは歓声を上げて斜面を駆け下りた。
道端に放り出していたランドセルを背負った。
健蔵さんのナナハン【ハッピー号】が停まっていた。
このナナハンはとうさんのカタミだ。
とうさんの後輩だった健蔵さんは、とうさんが死んだ後、壊れたナナハンを修理して乗り続けてきたそうだ。
「比呂、おまえのとうさんは、このナナハンのようにどっしりとした男だった。俺は今でも尊敬している」
とよく話してくれる。
ボクはとうさんの記憶はなかったので、そう言われてもまったく実感はなく、ふーんとしか答えが出てこない。
早い話が、徳川家康はどっしりした男だったとか源頼朝を尊敬しているとかそんなレベル、歴史上の人物を語るような他人事感がとうさん・かあさんの話にはつきまとう。
ハッピー号というのは、そもそもとうさんがこのナナハンにつけた名前で、ボクが生まれたのを記念して買ったナナハンだからだそうだ。
ボクが生まれてハッピー、でもそのあとすぐに片耳オヤジに殺されてアンハッピー、プラマイゼロ号だ。
健蔵さんも斜面を降りてきてハッピー号のエンジンをかけた。
ドロッドロッドロッドロッ。
ボクは、地獄の龍が痰をつまらせたようなこのお腹の底に響いてくるエンジン音がたまらなく好きだ。
ドロッドロッドロッドロッ、血管の中の赤血球が細かく振動する。
ドロッドロッドロッドロッ、ひふが波打って、空気の粒が肌の上を踊る。
この感じがどんな感じなのかというと、勇気がわいてくる感じ、と即答できる。
さっきまでの元気が、ドロッドロッドロッドロッでひとまわり大きくなる感じ。
生きるぞ、っていうやる気がグンって突き上げてくる感じ。
たぶんボクも大人になったらナナハンに乗るんだろうなって思うし、乗りたい。
やっぱり、とうさんの血がボクにも流れているということなんだ。
「健蔵さん、乗っけてって」
と清春が言うと、
「清春、おまえ町村対抗マラソンのわが村代表だべ。練習やってんのか。毎日、ヤマで遊んでばかりじゃ勝てないべ。油断するな。今年はライバルが多いぞ。学校まで走れ。ヒロは乗れ、清春のランドセル抱えてろ。ヨーイ、ドン!」
というわけで、ボクはハッピー号で、清春は学校までトレーニング代わりに走った。
コヤジも一緒に走った。
その時初めて知ったんだけど、コヤジはすごく速い。
清春よりも速い。
速いというよりも、強い。
清春が鹿の軽やかな走りなら、
コヤジは当然、クマの走り。
重くて、その分、ガッシガッシと前に進む力が強い。
とくに上り坂は強い。
さすがオヤジのコヤジ。
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